第8章310話:聖女と

翌日。


引き続き、屋敷に訪問者が現れる。


今度は聖女さまだ。


神殿で出会って以来、一度も会っていなかった聖女ユリール。


私が王都に帰ってきたのを見計みはからい、会いにきたようである。


しかし、驚いたことがあった。


それはユリールが一人ではなかったことだ。


なんとラクティアを連れていたのである。


――――以前に聖女ユリールに会ったとき、ラクティアの存在については伝えておいた。


あれからユリールはラクティアを神殿に招き、薫陶くんとうを授けたようであった。


「本日はまさに、このラクティアの件でご報告に参りました」


とユリールは告げた。


「ルチル様がお教えくださったように、このラクティアには、聖魔導師としてのたぐいまれなる才能がありました。既に【聖巫女せいみこ】として覚醒し、なおも成長を続けております」


「え!? もう聖女になったんですか!?」


「はい」


聖巫女とは、聖女のことである。


一般に聖女と呼ばれている職業は、適性職てきせいしょくでいうと【聖巫女】のことである。


そして【聖巫女】は、適性職【聖魔導師せいまどうし】から進化することで成ることができる。


しかし誰でも進化できるわけではない。


恵まれた素質と研鑽けんさんが必要なのである。


そのため、たいていの者は一生【聖魔導師】のままで終わり、聖巫女になることはない。


だがラクティアは、とっくに聖巫女へと進化を遂げたという。


私がユリールにラクティアの存在を教えてから、ほんの数ヶ月のあいだに……


「ラクティアは私を越える勢いです。もう教えられることもなくなってきましたし、そろそろ代替だいがわりを考える時期かもしれません」


ユリールはそう告げる。


ラクティアは相当に優秀なようだ。


しかしラクティアは首を横に振った。


「私は、まだまだ未熟です。神殿の聖女さまになるなんて、夢みたいな話で……考えられません」


うん……


まあ、そうだろうね。


あっという間に聖巫女せいみこに進化したとはいっても、「じゃあ今後は聖女として頑張ります」とはいかないだろう。


現段階では聖女になる資格があるというだけで、ラクティアの気持ちが追いついていない。


「聖巫女だからといって、必ずしも聖女になる必要はありませんわよね」


と私は告げた。


「ゆっくりご自分の将来について考えてみてはいかがでしょうか」


「……はい」


とラクティアは返事をした。


私としては、ラクティアが聖女になるかどうかは、ハッキリ言ってどちらでもいい。


ラスボスと戦うためにはラクティアの【聖巫女】としての能力が必要だから、聖女ユリールに紹介し、覚醒させただけだ。


―――ラクティアには、平和のために、苦しくてもラスボスと戦ってもらわなければいけない。


私はクランネル王国に生きる貴族として、ラクティアに苦難くなんを強要する。


しかし、ラスボスを倒したあとの人生にまで介入するつもりはない。


好きに生きればいいし、聖女になってもならなくても、彼女の選んだ人生を応援したいと思う。


「ああ、あと」


と聖女ユリールが思い出したように口を開いた。


アイテムバッグから、四角しかくい箱を取り出す。


美しく神聖な装飾がほどこされた箱だ。


「精霊への貢物かんぶつがございます。どうぞお納めください」


「ん……ああ」


シエラ様への贈り物か。


私は箱を受け取った。


「わかりました。渡しておきますわ」


「お願いします」


そうしてユリールたちとの会合が終了した。


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