第7章267話:印章

聖女が言った。


「ええ。すぐに各方かくほうに連絡して、ルチル様が精霊の使徒であると伝えなくては」


「いいえ。それはやめなさい」


とシエラ様が口を挟んだ。


「ルチルは、まつり上げられることは好まないでしょ? ただでさえ英雄だと持ち上げられて、困っているでしょうに」


「うーん、まあ……」


と私は言葉をやんわりと肯定した。


シエラ様が告げる。


「だから、あたしがルチルの契約精霊であることは他言無用たごんむようよ。ここにいる者たちの胸に秘めておきなさい」


他ならぬ精霊の命令である。


反論することは許されないので、大神官だいしんかんは従った。


「はっ……承知いたしました!」


聖女さまも続く。


おおせのままに」


「うん、よろしい」


とシエラ様は満足げに微笑んだ。


そこで大神官は言った。


「しかし、せめて神殿しんでん関係者かんけいしゃには、この事実を伝えておきたいと思います。もちろん口のかたい者に限らせていただきます。お許しいただけないでしょうか」


シエラ様は答えた。


「まあ、その程度ならいいんじゃない? ルチルもいいわよね?」


「はい。わたくしは構いませんわ」


と応じる。


「ではそのように」


と大神官は告げる。


シエラ様は一息ついてから、言った。


「まあ、あたしの件はそのぐらいにして……そろそろ本題に入ったら?」


聖女さまは、こほん、と一つ咳払いをしてから、切り出した。


「はい。本日、ルチル様をお呼びしたのは、寄進きしんの件に関してお礼を申し上げるためです」


と聖女さまが説明する。


私は告げた。


「聖女さまから直々じきじきにお礼のお言葉をいただけるのは、光栄ですわ」


「そう言っていただけて嬉しく思います。ただ、言葉だけでなく、贈り物も用意しております」


贈り物か……


何をもらえるんだろう。


私は期待感きたいかんを膨らませる。


聖女さまが大神官に目配めくばせをした。


大神官は、部屋のすみに置かれた台から、何かを手に取った。


戻ってきて、私に差し出してくる。


「こちらをどうぞ。聖女さまから、ルチル様への贈呈品ぞうていひんです」


と大神官が渡してきたのは、印章いんしょうであった。


これは……【聖印章せいいんしょう】である。


黄金を使って作られた円形のコインだ。


聖女さまが認めた相手に贈る印章であり、ゲームでも重要アイテムの一つだった。


聖女さまが以下のように説明する。


「この印章は、聖印章と呼ばれる物です。クランネル精霊教と非常にゆかりのある方へ発行しております。神殿における高位こういの身分を保証する証明証しょうめいしょうでもありますので、こちらをお持ちになっていれば、いつでも神殿の重要施設じゅうようしせつ出入でいりすることができます」


「わたくしを、そのような人物だと認定してくれる……ということですの?」


「はい。寄進の件もそうですが、ルチル様が精霊に選ばれた御方おかたであるということを考えても、神殿がこの印章をお贈りすることにいやはありません」


そう告げてから、聖女さまが以下のように締めくくった。


「我々は、ルチル様のご活躍を全面的にバックアップしようと考えておりますので、何かあったときは、是非ぜひ我々を頼ってください」


「とても光栄ですわ。これから、よろしくお願いいたします」


と私は答えて、聖印章をアイテムバッグへと収納した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る