第3章108話:王族と平民



私はため息をついて言った。


「殿下……あまり些細なことでお怒りになるのは、王族としての資質を疑われますわ。取り巻きのみなさんも困惑されてますわよ」


「些細なことではないだろう! こういったことを許せば、逆に王族としての威厳が損なわれる!」


そりゃ王族を見れば、平民は平伏するのが礼儀だ。


とはいえ、国民の誰もが殿下のことを知っているわけではない。


ついでに言えば、ここは学内。


いちいち王族を見るたびに平伏していては、やってられない。


(だいたい、今までにも挨拶や平伏をしなかった学生はいたでしょうに)


入学式の日だって、殿下が歩くたびに全員が平伏していたわけではない。


それでもアレックスは気にしていたふうではなかった。


では何故、今になって怒っているのか?


単に、そういう気分だったか……


あるいはイライラしていたことがあって、この平民に八つ当たりしているか……


そんなところだろう。


「殿下? 何か嫌なことでもありましたか?」


「嫌なことだと? ああ、あった。昨夜、母上に入学試験の成績のことでお叱りを受けた」


なるほど。


入試の順位が芳しくなくて、女王に叱責されたのか。


それでこの学生に八つ当たりしたと……。


アレックスは続けて言った。


「お前のせいだぞ、ルチル」


いや……それはない!


入試の成績が悪いのは、アレックス本人のせいだ。


「とにかく、騒ぎを大きくするのは感心致しませんわ。処刑はナシです。ほら、あなた、もう行きなさい」


「は、はい……っ」


平民の学生は逃げるように去っていった。


アレックスは告げた。


「ルチル……また俺の邪魔をするのか」


「邪魔をするつもりなどは決して。殿下には民にお優しくあってほしい……そう思ってのことです。差し出がましい行動でしたでしょうか?」


「当たり前だ。相変わらず、わずらわしい女だ!」


そう憤慨するように言い捨てて、アレックスは立ち去っていった。


慌てて殿下の取り巻きたちが後を追いかけていく。


その背中を見つめるマキが、ぽつりとつぶやく。


「殿下は気難しいお方なのでしょうか?」


「ふふ。気難しい、とはなかなか言葉を選びましたわね」


私はくすくすと笑う。


「あれは、かんしゃく持ちなのですわ。ただ、行き過ぎないように注意してもらいたいところですが」


アレックスの頭がおかしいのはいつものことだが、それにしたって処刑をちらつかせるのはやりすぎだからね。


民の反感を買ってしまう。


「まあ、殿下のことは忘れて、体験講義に向かいましょう。そろそろ1限目の開始時間ですわよ」


「はい」


私たちは歩き出す。





ちなみに。


このときの出来事は、複数の学生たちが遠巻きに見つめていた。


そしてアレックス王子の横暴さは、噂となって広まった。


逆に、ルチルの慈悲深さについても、同時に広まることになったのだった。

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