第6章185話:他者視点

<ベアール視点>


クランネル本軍ほんぐんの指揮を任された女将軍おんなしょうぐんベアール。


彼女は小高い丘のうえに立って、戦場を眺める。


現在、クランネル第一軍、第二軍、第三軍は、


ジルフィンド軍の第一軍・第二軍と衝突しており……


既に交戦をはじめている。


しかし。


(ふむ……やはり、クランネル軍の士気は低いな)


兵数へいすうにして1万vs4万の戦い。


4倍もある兵力差。


クランネル側の兵士たちは、



「「「オォォーーーーッ!!」」」



と必死で喊声かんせいをあげているものの、内心はへっぴり腰だろう。


加えていえば、最初にぶつかった相手が、最も層が厚い軍団――――


ジルフィンド第一軍・第二軍である。


クランネル兵の士気はもともと低かったが、敵の強さにさっそく押し負けて、さらに士気は下がりはじめている。


(ルチル様の作戦が上手くいかなければ、士気は壊滅して、敗北へと一直線いっちょくせんだろうな……)


本来なら負けて当然の兵力差。


その劣勢は、作戦によって打破するしかない。


作戦会議室でルチルが語った作戦は、悪くないものだった。


だから、あとは神頼かみだのみ。


いやルチル頼みだ。


ベアールは、このいくさがクランネル側の勝利で終わることを、ただ祈るばかりであった。







<ヒズナル・ナナバール視点>


一方。


ジルフィンド本軍。


小高い丘の上から、戦場を眺める二人。


ヒズナル将軍と、ナナバール将軍である。


彼らは、勝利を微塵みじんも疑っていない、強気な表情を浮かべていた。


「野戦を仕掛けただけでも愚かだというのに」


とヒズナルは前置きしてから、告げた。


「わがジルフィンド軍の最精鋭、第一軍、第二軍に兵士をぶつけるとは……いやはや、相手がここまで愚鈍ぐどんだと、少し拍子抜けだな」


「そうですね。あのミアストーン総司令官の娘さんと聞きましたから、もう少し歯ごたえがある相手かと思いましたが……」


ナナバールは笑いながら言った。


「とんだ無能。戦下手いくさべた……ヒズナル将軍のおっしゃるとおり、拍子抜けですよ」


「……お前の目から見ても、勝利は確実か?」


「ええ。敗北の要素など、万に一つもありません」


ナナバールは一拍置いてから、説明する。


「これだけ兵数差へいすうさがあるなら、ジルフィンド軍は正面衝突で勝てます。一方、クランネル軍は、劣勢を打開するために奇策を打たなければいけない」


強者はただ正面から踏み潰せばよい。


一方、弱者はからめ手を使って、どこかで盤面をひっくり返さなければならない。


兵法の常識である。


「しかしクランネル軍が取った行動は、ジルフィンド軍との正面衝突。しかもジルフィンド第一軍・第二軍という、一番硬い部分への突撃です。正気とは思えない戦術ですね。せめて弓兵ゆみへい魔法兵まほうへいを効果的に使って、ヒットアンドアウェイを狙うなど――――頭を使うべきでしょうに」


「やはり奇襲や奇策はない……と?」


「ない、というより、それができる余地はあるでしょうか?」


とナナバールは疑問を呈した。


ヒズナルは答える。


「たとえばフロヴィッツ草原の端には森が広がっている。私なら、あの森に伏兵ふくへいを忍ばせたりするかもしれんな」


しかし、そう告げたヒズナルの言葉を、ナナバールは否定した。


「先日、斥候せっこうから寄せられた情報によると、その森は人が通れるような場所ではないようですよ。鬱蒼うっそうとしており、足場も歩く、岩場いわばや崖も多いようですから」


「無理やり突っ切ってくる可能性は?」


「極めて低いでしょうね。……まあ、たとえ伏兵をしのばせることができたとしても、小さな森のようですから、せいぜい100人か200人。多くて300人ぐらいでしょう。その程度の数なら、伏兵として大したことはありません」


「なるほど。森から奇襲をおこなえたとしても、さしたる脅威にならない、ということか」


「はい」


とナナバールは肯定する。


いくさの天才と名高きナナバールの頭脳は、あらゆる戦術、戦略のパターンを洗い出す。


彼の頭の中には、たくさんの数字が浮かんでいる。


奇襲がありえたとして、その人数は?


奇襲されたときの自軍の損耗そんもうは?


そういった数字をできるだけ正確に、かつ瞬時に計算し、自分の戦術や戦略へと反映する。


現状、森から奇襲される可能性は低いし、奇襲されたからといって大した被害はない……というのがナナバールの結論だ。


「この戦いは、野戦になった時点で、ジルフィンド軍の勝利は確実です。どうせ勝ちが確定しているのなら、いくさが終わったあとのことを考えたほうが、有意義かもしれませんね」


「ははは、そうか。戦の天才であるお前が言うなら、心強いな!」


とヒズナルは笑った。


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