第2章38話:フランカの太鼓持ち



数時間が経つ。


日が暮れてきた。


夜のとばりが垂れる。


森は暗く沈み始め、見通しが悪くなってきた。


私たちは野宿をすることに決めた。


薪を集めて火魔法で火をおこす。


夜の闇を払うように、めらめらと焚き火が燃え始めた。


ホーンラビットの肉を木枝に刺して、火のそばに突き立てる。


そのあいだにやることは【塩づくり】だ。


この世界では塩や砂糖は無限に手に入る。


塩草・砂糖草と呼ばれる雑草がそこらへんに生えていて、これが塩・砂糖になるからだ。


今回は塩が欲しいので、塩草を集める。


さらに小鍋の中に、水魔法で出した水を入れる。


そこに塩草を投下して、沸騰させると……


塩草からしみだした塩エキスが水に溶けて、食塩水の完成である。


(天然の塩水がいつでもどこでも手に入るって、凄い世界だよね)


さらに私はアイテムボックスの中から、事前に買っておいたパンや野菜を取り出す。


パンは軽めに焼き、野菜は小鍋に入れてスープを作る。


さて……


ホーンラビットの肉が焼けてきた。


食前の挨拶をしてから、食べ始める。


フランカだけが食べはじめていなかった。


私の指示を待っているのだ。


貴族社会では、付き人は主よりも先に食べはじめてはならないという掟がある。


「フランカ。食べていいですわよ」


「はい。では―――」


私の許可を得て、フランカが食べ始める。


それを見たエドゥアルトが尋ねてきた。


「フランカ様とルチル様は、主従の関係なのですか?」


「彼女はわたくしが面倒を見ることになりまして、大学に通ってからは取り巻きになる予定なのですわ」


「なるほど。そういうことでしたか」


「しかし、今日一日見て思ったことですが、フランカはわたくしの持ち上げ方が下手ですわね」


「……!」


フランカがビクッと肩を震わせた。


私は続ける。


「貴族社会において、上級貴族へのスマートな褒め方は、重要な処世術の一つですわよ」


「も、申し訳ありません……」


フランカが本当に恐縮そうに肩を落とした。


私は苦笑した。


「まあ何事も経験ですから、これから上手くなればいいのですわ。わたくしを練習台に使って構いませんから、めげずに努力しなさい」


「……!? そんなっ、ルチル様を練習台にするなど……!」


フランカが慌てふためいた。


私は言った。


「わたくしがいいと言ってるのですから、そうすればいいのですわ。ただしちゃんと上達することですわね」


わざとらしさが見える世辞や太鼓持ちはかえって不興を買う。


貴族社会において褒め方が粗末なことは大きな減点対象である。


特にフランカのような下級貴族なら、相手を持ち上げることが最大の処世術であり、それができなければ孤立し、最悪破滅もありえる。


ここで上達してもらうのが、彼女の将来のためである。


私の発言に、フランカは目を見開いて私を見つめた。


エドゥアルトも驚いたような目をしていた。


彼は述べる。


「ルチル様はとてもお優しい方ですね」


「別に、優しくはありませんわ。もっとわたくしのことを上手に褒めろと言ってるのですわよ?」


「それも相手を想ってのことでしたら、ルチル様の優しさと言えるのではないですか」


そうだろうか?


まあ、そうかもしれない。


「それにしても、このホーンラビットの肉……とても美味しいですわね」


私は素直にそう感想を述べる。


ホーンラビットの肉は、まるで焼き鳥のせせりのような食感と柔らかさだ。


しっかりと肉汁が乗って、香ばしい。


そこに、さきほど作った食塩水をスプーンですくって垂らすと、もはや立派な焼き鳥だ。


旅の疲れで空いた腹にはたまらないジビエ食となる。


「んーっ、パンもホクホクですわ……!」


こうして、晩御飯が緩やかに済んでいく。




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