第145話 冒険者じゃないんだ

 俺の名はギース。

 冒険者をしている。


 最近とある噂を耳にした。

 何でもアルベイル領北の荒野に、新しい都市ができたらしい。


 しかもそこには非常に稼げるダンジョンがあるという。

 初心者からベテランまでもが幅広く稼ぐことができ、しかもダンジョン内部に安全地帯があるため長期の探索にも適しているそうだ。


 さらに街には、冒険者専用の無料で宿泊可能な施設が用意されているという。

 加えてドワーフが作る高性能の武具が安価で手に入り、エルフ製の貴重なポーションを幾らでも買うことができる。


 そのため今、冒険者たちがこの都市に殺到しているらしい。


「馬鹿を言え。そんなうまい話があるわけねぇだろ」


 正直、俺はそんな噂などまったく信じていなかったし、周りの同業者たちも大半が鼻で笑っていた。

 まず荒野に王都並みの城壁を持つ都市なんてあるはずがない。


 それでも冒険者としての好奇心が、俺の足をここまで運んできた。


「……マジであったんだが」


 巨大な建築物が建ち並び、大勢の人々が行き交う街の中心で、俺は呆然と立ち尽くす。


 噂以上の都市だ。

 しかも本当に周辺は草木も育たないような荒野で、そこに忽然と姿を現したのである。


 ……途中の街道、普通に歩いているだけでめちゃくちゃ速度が出たんだが、あれは何だったんだろうか?


 そして街の中にはダンジョンもあった。

 冒険者専用の宿泊施設が取り囲んでおり、ここに泊っていればたったの数歩でダンジョンに通うことができるらしい。


 すぐ近くにはこの国では恐らく唯一だろう冒険者ギルドがあり、さらに訓練場も設けられていた。

 その訓練場を少し覗いてみる。


 素振りをしたり剣を交えたり、同業者らしき連中が訓練に励んでいた。


「ほう。なかなかレベルが高いな」


 どうやらこの街には実力のある冒険者たちが集まっているようだ。


「やはり成功する冒険者というのは、先入観に囚われないものなのだろう。だから今回のような俄かには信じがたい情報であってもその優れた嗅覚で真偽を捉え、周りに先行することができるのだ」


 無論、俺もその一人なのだがな。


 そんなふうに悦に入っていると、声をかけられた。


「あんたぁ、見かけない顔だなぁ」

「ああ、さっきこの村に来たばかりなんだ」

「道理でなぁ。ここは素晴らしいところだぁ」


 少し間延びした喋り方が気になるが、見ただけでかなり鍛えていることが分かる。

 剣士なのだろう、腰には剣を提げていた。


「そうだぁ。よかったら少し、手合わせしてもらいたいんだぁ」

「俺とか? ふむ、いいだろう。しばらく移動ばかりで、ちょうど剣を振ってみたい気分だったところだ」

「おお、ありがとうだぁ。おれ、まだ全然だから加減してもらえると助かるだぁ」


 積極的な割に随分と低姿勢な男だな。


 だが、懸命な判断だ。

 なにせこの俺の剣は、名の知れた剣士から直々に教わったもので、今も毎朝の稽古を欠かしてはいない。

 そこらの冒険者とは物が違うと自負していた。


「いいぞ。胸を貸してやるから、どこからでもかかってくるがいい」









「はぁ、はぁ、はぁ……や、やるじゃねぇか。きょ、今日のところはここまでにしておいてやろう……」


 俺は息を荒らげ、どうにかその言葉を吐き出した。


 何が「まだ全然」だよ!?

 お前めちゃくちゃ強いじゃねぇか!


 いざ剣を交えてみると、俺と互角に渡り合ってきやがったのである。

 途中から全力でやっていたというのに、勝つどころか、下手したら負けていてもおかしくなかった。


 自信満々で「胸を貸してやる」とか言っていた俺が馬鹿みたいである。


「正直、舐めていたぜ。やはり実力のある冒険者が集っているみたいだな。他の街と同じ感覚でいたら痛い目を見るってよく分かったぜ」

「冒険者だぁ?」

「……? どうした? あんたもひとかどの冒険者なのだろう? ったく、人が悪いぜ。まるで自分は大したことない、みたいな態度で来るんだからよ」


 相手の反応に違和感を覚えつつも、俺はやれやれと肩をすくめる。

 しかし次の瞬間、俺はそもそも根本的なところから勘違いしていたことを知るのだった。


「いやぁ、おら、冒険者じゃないんだぁ。普段は畑仕事やってて、剣はつい最近ここで教えてもらっただけでさぁ」


 ……は?






〈訓練場:武技や魔法などの訓練のための施設。成長速度アップ、怪我防止機能〉

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