第245話 一生それでいくべき
その後、犬族と猫族の噂を聞きつけ、他の部族が続々とお願いにきた。
もちろんルークはそれに快く応じていった。
そうして気づけば、獣人たちの食糧事情は大いに改善。
公爵領での略奪はほとんどなくなっていた。
「ふうむ、一体どういうことだ? 急に奴らの食糧難が解決するとは思えぬのだが……」
首を傾げているのはカイオン公爵である。
家臣からの報告を受けて、獣人による略奪行為がまったく見られなくなった理由に見当もつかなかったのだ。
「それが、噂では人族の少女が怪しげな力を使い、今まで作物が育たなかった大地でも、十分な収穫ができるようにしてしまったとか……」
「人族の少女だと? まさか……いや、そんなはずはない。彼ならずっと我が領地で我々の要望に応えてくれていた……」
カイオン公爵はまだ影武者という特殊能力を知らないのである。
ともかく北方の憂いが無くなったのは、領地にとって大いに歓迎すべきことであった。
今後の獣人たちの動きには警戒しつつも、本格的な冬に向けて、公爵領は忙しなく備えを進めていくのだった。
◇ ◇ ◇
「ようやく解放されるうううううううううっ!」
僕は思わず拳を突き上げ、叫んでいた。
この一か月間。
一体どれほど苦しい思いを味わってきたことか。
ずっと周囲からの好奇の視線に晒される、辛く厳しい日々だった。
純粋な子供に「何でそんなかっこうしてるのー?」と聞かれたときの居た堪れなさは、もう二度と経験したくない。
中には僕が男だと知らずにナンパしてくる人までいた。
そうと告げても、「いやいやそんな可愛い男がいるか」と信じてもらえなかったっけ。
でも今日、ついに僕はこんな毎日からオサラバできるのだ。
そう。
セレンに与えられた罰の一か月が、まさに今日で終わりを告げたのである。
「こんなの二度と着るかっ!」
と、僕はこれまで身に付けていた女装服を勢いよく脱ぎ捨てる。
さらにウィッグも外して化粧を落とし、そうして本来の男らしい姿を取り戻した。
そして鏡に映った自分を見て、
「……あれ、思ってたよりも男らしくないぞ……」
しばらくこの姿を見ていなかったせいで、理想が高くなっていたのかもしれない。
とはいえ、この方がしっくりくるのは確かだ。……確かなはず。
周りからは女装時に「むしろその方が正解」「やっぱり女の子だった」「一生それでいくべき」などと言われたりもしたけれど、そんな意見は一蹴だ。
「ルーク様っ!? 一体何をっ!?」
「ちょっと、ルーク! 何でやめちゃったのよ!」
「いや、もう一か月経ったし」
ミリアとセレンがなぜか血相を変えて詰め寄ってきたけれど、僕は平然と言い返す。
「で、ですが、評判もよかったですし、またされますよね?」
「確かにそうよね! 定期的にやった方がいいわ!」
僕は断固として拒否した。
「やるわけないじゃん? もう二度とあんな恰好はしないよ」
「そ、そんな……あの至高の姿が見られないなんて!」
「くっ……こんなことなら一か月じゃなくて永遠にって言っておけばよかったわ!」
「そんな恐ろしいこと言わないで!?」
ハッとしたようにミリアが言った。
「そうです! 影武者の方はあのままですよね!?」
「もちろん全員戻すけど?」
「何でよ! せめて何人かはあの姿にしておけばいいのに!」
懸命に抗議してくる二人だけど、僕の意志は固かった。
「よし、影武者たちも全員、今すぐ男の姿に戻してやる! ……あっ」
そこで僕はとんでもないことを思い出してしまう。
「マズい……男だってことがバレたら……」
獣人たちのところでは、僕は女装ではなく、女だということになっていたのだ。
もし女装を解いて、実は男だったということがリリさんたちに知られたら大変だ。
なにせあの集落は普段、男子禁制で、もし無断で立ち入れば問答無用で処刑されるのだ。
一緒にお風呂にも入っちゃったし……。
「仕方ない……あそこの影武者だけ、女装したままにしておこう……」
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