第156話 また性懲りもなく攻めてきたか

「フレンコ子爵め、また性懲りもなく攻めてきたか!」


 長きにわたって敵対している隣領貴族の侵攻を知り、怒声を上げたのはこの一帯を治める貴族のドルツ子爵だった。


 両子爵家は、昔から領土の問題を抱えてきたが、それでも代々の当主がどうにか折り合いをつけ、辛うじて大規模な争いを避けてきた。


 しかし現在、両家の当主を務める二人の代になってからというもの、一気に関係が悪化。

 幾度となく小競り合いを繰り返すようになってしまったのだ。


「我が精強なドルツ兵たちにかかれば、貴様に似て腑抜けなフレンコ兵を蹴散らすなど、赤子の手をひねるより容易い! 返り討ちにしてくれるわ!」


 そう自信満々に言い切るドルツ子爵は、実は敵対するフレンコ子爵と、王都にある王立学校の同期生だった。


 入学時からライバル関係にあった彼らは、在学中に何度も激しくやり合い、いっそう互いを憎み合うようになってしまう。

 そのまま二人が当主になってしまったものだから、もはや争いは個人対個人に留まらず、領地を巻き込んだものにまで発展してしまったのだ。


「ご、ご当主様! 大変です!」

「どうした?」


 戦いに向けて兵の準備をしていた家臣が、やけに慌てた様子で駆けてきた。


「て、敵の兵数は、およそ五千。それに対するのに、こちらも同数の兵を用意しようとしたのですが……ま、まったく兵が集まらず、今のところ僅か三千の兵を揃えるので精いっぱいという状況です……っ!」

「何だと? それはどういうことだ! 徴兵に応じぬ者には相応の処罰があるのだぞ! 集まらないなどあり得ぬはずだ!」


 俄かには理解しがたい家臣からの報告に、ドルツ子爵は声を荒らげる。


「そ、それが……実は、そもそも領内の人口そのものが、大きく激減してしまっているようでして……」

「なに……っ!?」


 まったく予期せぬ返答に、ドルツ子爵は面食ってしまう。


「以前から領民の離脱が少しずつ増えてはいたのですが……それがこの数か月ほど前から、さらに加速し……。丸ごと消滅してしまった村は、すでに五十を超えるという報告もあるほどで……」

「五十の村が消滅しただと!? 一体、村人はどこにいったのだ!?」

「その大半は恐らく……例の荒野の村へ……」


 領地の東に広がる不毛の荒野。

 そこに新たな村ができたという話は、ドルツ子爵の耳にも入っていた。


「っ……アルベイル公爵領の開拓村か……っ! だが、この短期間にそれほどの数が殺到しては、全員を受け入れられるはずがない! 結局また戻ってくるだろうと予想していたはずだ!」


 アルベイル公爵領ということもあって、彼にも手を出すことはできず、ほとんど野放しの状態だった。


 しかしたかが荒野の小さな村に、それほどのキャパシティがあるとも思えない。

 そのため今の今まで捨て置いていたのである。


「は、はい……ですが、村が予想以上の速度で発展を遂げ……今では、村というより、もはや都市……それもアルベイル領でも最大規模の都市にまで成長してしまったと……」

「アルベイル領でも最大規模!? たかだか数年前に作られた村だろう!? 一体どうやったらそんなことになる!?」

「そ、それは……生憎と、調査に向かった者たちの悉くが、そのまま帰ってこず……詳しいことまでは……」

「何なんだ、その村は……」





 それからというもの、ドルツ軍は、フレンコ軍に連戦連敗を喫した。

 元々、両軍の戦力が拮抗していたところに大幅な兵力を失ってしまったのだから、当然の結果と言えた。


 そしてついには本丸の領都へ、フレンコ子爵の大軍が迫ってくる。

 防衛に徹すれば簡単には負けないだろうが、援軍が期待できない以上、陥落は時間の問題だった。


「ご当主様! 今のうちに領都から脱出してください!」

「何だと!? 貴様、この儂に敵を前に尻尾を撒いて逃げろというのか!」

「それも再起のためです! もしここで敵の手にかかれば、二度と領地を取り戻すことはできません! どこかで機を窺い、いずれ奴らに目に物を見せてやるのです!」

「くっ……仕方ない! フレンコ子爵よ! これで勝ったなどと思うな! 最後に笑うのはこの儂だ……っ!」


 そうして主だった家臣を引き連れ、領都から逃走したドルツ子爵。

 彼が向かったのは、まさしく自らの敗走の最大要因となった、荒野の村で――

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