第350話 実は腹黒かった
「あ、姉上、おやめくだされ!」
「ゴン、止めてくれるなでござるよ!」
弟の訴えも効果なく、切腹しようとするアカネさん。
その場にいた村人たちで力を合わせて、どうにか押さえ込んだ。
ゴンくんが代わりに謝ってくる。
「ルーク殿、見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ないでござる」
「う、うん、大丈夫だよ。それよりゴンくんの方こそ……ええと……」
「お気遣いは要らぬでござる。姉上は昔からこうでござるから、慣れているでござる。父上と言い、なぜこうもすぐに腹を切りたがるのか……」
溜息をつくゴンくん。
どうやらアカネさんよりも大人だったみたいだ。
と思っていると、ゴンくんはニヤリと嗤って、
「まぁお陰で、それがしは双子の妹と一緒に、父上と姉上をいかにして切腹に誘導するかという遊びを楽しめたのでござるが」
「実は腹黒かった!? もしかして今までのこともワザとやってたの!?」
「どうせあの姉上のことでござる。単身踏破にも失敗しているでござろう。くくく、このネタでしばらく遊ばせてもらうでござるよ」
純粋無垢な少年かと思ってたのに……。
「ルーク殿。なかなか賑やかで楽しそうだな」
「あ、女王様」
僕たちが騒いでいると、背の高い美女がこっちにやってきた。
「その呼び方はよしてくれと言っているだろう?」
「ええと、マリベルお姉ちゃん」
彼女はルブル砂漠にあるエンバラ王国の女王様だ。
『戦乙女』というギフトを授かった彼女は、王国を砂賊から取り戻した後も、時々この村にやってきてはこの訓練場で訓練をしているのである。
一応、エンバラにも同じ訓練場を立ててあげたんだけど、
「強い相手が多いこの村の方が、より早く成長できるからな」
とのことらしい。
「儂もこの年にして、絶賛成長中でありますぞ! はっはっはっはっ!」
豪快な笑い声を響かせている初老の男性は、女王の護衛隊長であるガンザスさんだ。
彼は『鉄人』のギフトを持っている。
「あらん、ガンザスのおじさまじゃなぁい♡ またアタシに会いに来てくれたのねぇ」
「っ!? ゴリちゃん師匠!?」
「またアタシがたぁっぷり可愛がって、あ、げ、る♡」
「ひいいいいいいいっ!?」
……ゴリちゃんに連れていかれちゃった。
「そちらは東方のサムライだな。あたしもぜひ一度、手合わせをしてみたいものだ」
ようやく落ち着いてくれたアカネさんを見て、マリベル女王が言う。
「サムライたる者、いかなる相手の挑戦も受けて立つでござるよ!」
「本当か?」
あっさり了承し合う二人の間に、僕は慌てて割り込んだ。
「今はやめてっ! マリベルのお姉ちゃん、せめてもう数日くらい待ってからにして!」
「む? あたしは別にそれでも構わないが……」
「アカネさん、まだ修行を再開して間もないんだから無理しちゃダメだよ。今日はもう十人も相手したんだし、やるなら後日にしなよ」
「拙者はまだいけるでござるが……」
ギフト持ちのマリベル女王と今の状態でやり合ったら、普通に負けるだろう。
また切腹を止めないといけなくなってしまう。
「姉上ならきっと大丈夫でござるよ! さっきは少し油断しただけ! 今度こそサムライの強さを見せつけて差し上げるでござる!」
「ゴンくん煽るのはやめてえええええっ!」
「ふがふが」
腹黒い笑みを浮かべながら姉を切腹へと誘おうとする弟の口を、僕は必死に塞いだのだった。
そんなこんなで、本格的に修行を再開したアカネさん。
時にまた切腹しそうになりつつも、『侍剣技』というギフトを持っていることもあって、大きくレベルアップ。
本人も成長を実感し、やがて再び山脈踏破へ挑むことになったのだった。
「色々と世話になったでござる! 拙者、必ずや今度こそあの山脈を超えてみせるでござるよ!」
「頑張ってね、アカネさん。……一人だからって、途中で切腹しようとしないでね?」
「ははは、拙者とて、いつもいつも切腹ばかり試みておるわけではござらぬよ」
「どの口が言ってる?」
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