第349話 とくとご覧に入れよう

 ゴバルード共和国から戻ってきた僕のところへ、アカネさんがやってきた。


「見るでござる、ルーク殿! 拙者、すっかり元の体形に戻ったでござろう!」


 嬉々として報告してくれる彼女は、本人が言う通り、贅肉がなくなってすっきりした体つきになっている。

 弟にあの姿を見られてから、今度こそ本気でダイエットを頑張ったのだろう。


「ふふふ、これでもう関取などとは言われぬでござるよ!」

「どや顔で胸張ってるけど、まだスタートラインに立っただけだからね? この村で強くなって、魔境の山脈を超えるのが目的でしょ?」

「はっ? そ、そうでござった……」


 何で忘れてたの……。


「しばらくロクに刀を握ってなかっただろうし、勘を取り戻すためにも、まずは軽く手合わせでもしてみたらどう?」

「そうするでござる」


 訓練場に行くと、真剣に剣を振っている人たちの姿があった。


 剣の修練をしているのは、村の狩猟隊や衛兵、冒険者たちだけではない。

 ギフトを持たない、ごく普通の村人たちの中にも、ここで剣技を鍛えている人がたくさんいる。


 最近では村の外から修行に来る人も多い。

 エドウのサムライたちもそうだ。


「姉上!」

「ゴン!?」


 アカネさんの姿を見つけて、少年が駆け寄ってくる。


 弟のゴンくんだ。

 彼もまたこの村に武者修行に来たサムライの一人だった。


「すっかり痩せられたでござるな! もう身体の方は大丈夫なのでござるか?」

「あ、ああ! よくなったでござるよ!」

「よかったでござる! ところで姉上も修練でござるか? この村、本当に腕の立つ剣士が多く、驚くでござるよ。ごく普通の平民であっても、侮れぬほどの実力でござる」


 エドウの国では、支配者階級であるサムライたちは皆が幼少期から剣を習うものの、平民はそもそも刀を持ち歩くことすら許されてないらしい。

 なのでこの村のように、普通の村人が剣の修練をしていること自体が珍しいようだ。


 ちなみに剣に限らず、村の男性のほとんどは何かしらの武技を身に着けている。

 身体も鍛えてムキムキだしね。


「ただ、姉上ならきっと誰にも負けぬでござるよ! なにせあの魔境の山脈を、単身で踏破されたほどでござるからな!」

「ぐほっ……げほげほげほっ」


 相変わらず純粋に姉のことを信じ切っている弟に、血を吐くような勢いで咳き込んでしまうアカネさん。

 本当に頑張って山脈越えを成功させないと、ずっと罪悪感に苛まれることになるよ?


「……姉上? もしかしてまだ体調が……」

「な、何でもござらんっ。ゴンの言う通り、拙者は誰にも負けぬでござる!」

「まぁでも、病み上がり(?)なんだし、まずは軽く、ね?」


 もし負けたらまた腹を切ろうとするだろうから……。


「相手は……そうだね、あの人とかどう?」

「誰でも構わぬでござる! 拙者に挑戦したい者は、何人でもかかってくるでござるよ!」


 ギフトを持たない、普通の村人を推薦してみたのだけれど、アカネさんは上から目線で宣言してしまった。


「おおっ、東方のサムライか。ぜひ手合わせしてみたいな!」

「「「俺も俺も!」」」


 その結果、申し込みが殺到してしまう。

 幸い『剣技』などのギフト持ちはいないけど……。


「もちろん全員相手してやるでござる! サムライの実力、とくとご覧に入れよう!」







「切腹いたすでござるううううううううううううっ!!」

「姉上ええええええええっ!?」

「やっぱりこうなっちゃった!? みんな、早く短刀を奪って!」


 威勢よく村人たちと手合わせし始めたアカネさんだったけれど、結局また腹を切ろうと喚き出してしまった。


「そこらの平民相手に一本取られてしまったでござる! サムライの恥! もはや死ぬしかないでござる!」

「そんなことで腹を切る必要なんてないから! 十人連続で相手をして、疲れてたんだから仕方ないよ!」

「何人でもかかってこいと宣言しておいてのこの失態っ、恥ずかしいにも程があるでござるっ!」

「だから最初に自分でハードルを上げなければよかったのに!」


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