第52話 トイレに罠が仕掛けられていたのか

「何でフィリアさんたちまでこっちに!?」

「気にするな。我々エルフは男女の差異が少ない。それに皆が兄妹のようなものだから、水浴びの時も男女関係なく裸を晒している」


 とか言いながら、服を脱ぎ始めるフィリアさん。


「その文化は人間にはないですから!」


 慌てて顔を背けつつ叫ぶ。

 いつもセレンやミリアと一緒に入ってはいるけど、だからと言って女性の裸に慣れているわけじゃない。


 けれど僕の訴えなどお構いなしに、裸になったフィリアさんが湯船に浸かってきた。

 他の女性エルフたちもそれに続く。


「「「き、気持ちいい……」」」


 第一声がそれだった。


「これが露天風呂か……開放的で、気持ちよくて、しかも安全……素晴らしいな」


 彼女たちを避けるように端っこへ移動しつつ、僕は訊ねる。


「川で水浴びって、やっぱり危険ですか?」

「もちろんだ。川の中にも魔物が棲息しているからな。一応、魔物が苦手な液体を周囲に撒いてはいるのだが、それでも襲い掛かってくることがある。毎年、水浴び中に負傷する者が必ず出る。時には死者も」


 そりゃ、魔境の中にある川だもんね……。


「それにしても、こんなものが村中にあるとは……」

「露天風呂はここだけですけど。でも一応各家庭に小さなお風呂が付いてます。もっと広いところに入りたければ、二つある公衆浴場に行ってもらいます」


 露天風呂がよほど気に入ったのか、フィリアさんたちは一時間近くも湯船に浸かっていた。

 のぼせちゃうので、僕は先に出させてもらったけど。


 そうして綺麗になったところで、再びリビングへと案内する。


「マッドグリズリーはあまり群れを作ることがないのだが、一体でもオーク数体分に匹敵する凶悪な魔物だ。もしあのときセレン殿たちが加勢に来てくれなければ、もっと大きな被害が出ていただろう。改めて礼を言いたい」


 すっかり警戒心が解けた他のエルフたちと一緒に、フィリアさんが深々と頭を下げてきた。


「その後も負傷者の運搬などを手伝ってくれたお陰で、死者も出ずに済んだのだ」

「それはよかったです」

「これはほんの感謝の気持ちだ。ぜひ受け取ってほしい」


 そう言ってフィリアさんが手渡してきたのは、容器に入れられた十本ほどの小瓶だった。

 中には液体らしきものが入っている。


「これは……まさか、ポーション?」


 ポーションは幻とさえ言われる治療薬だ。

 飲めば、自然治癒などより遥かに早く身体の傷が癒えるという。


 でもその製法はすでに失われており、今では過去に作られたものが僅かに残るだけだとされていた。


「我々エルフ族には代々、ポーションの製法が伝わっているのだ」

「こんな貴重なもの、貰っていいんですか……? しかも十本も……」

「同胞の命を救ってもらった感謝として当然だ。幾らポーションでも、失われた命を救うことはできないのだからな」


 その後、僕たちはフィリアさんたちを村の食事で持て成すことにした。

 あまり村人たちに注目されるのは嫌がるだろうと思って、代官のダントさんたちの時とは違い、僕の家のリビングでの食事会だ。


「すまないが、食事の前にお手洗いを借りてもいいか?」

「はい。そこの廊下に出てすぐにある扉です」

「ありがとう」


 廊下に消えていくフィリアさんを見送って、しばらく経ったとき。


「ぬああああああああっ!?」


 突然、トイレの方からそんな声が聞こえてきたので、何事かと思った。

 でも多分フィリアさんの声だ。


 慌てて廊下に出ると、ちょうどトイレからパンツを足元まで下げ、下半身を露出させた状態のフィリアさんが飛び出してくるところだった。


「ちょっとフィリアさん!?」

「お、お尻を!? お尻をいきなり攻撃された!?」

「ええっ?」


 遅れて他のエルフたちが駆け寄ってくる。


「戦士長!? くっ、まさかトイレに罠が仕掛けられていたのか!?」

「よくも戦士長を!」


 お尻を抑えながら廊下にひっくり返るフィリアさんの姿に、憤るエルフたち。

 僕はトイレの中を覗き込んで、そこでようやくこの状況の原因を理解した。


「ち、違います! このトイレ、あそこのボタンを押したら水でお尻を洗ってくれる機能が付いてるんですよ!」

「「「え?」」」

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