第332話 ミローク菩薩ぢゃ
「あんな薬でほんまに病気が治るんやろうか……? うちはこの流行り病に効く薬なんかないって聞いたで」
「ここに来るだけでもしんどかったんや……治ってくれへんと困るわ……」
「他でもない、神皇陛下が呼びかけはったんやで。きっと効果あるはずや」
罹患者たちは半信半疑といった感じだった。
それでも最初の数人が恐る恐るキュアポーションを飲んでいくと、
「全身のイボが消えてく……っ!」
「う、うちもや!」
「痛みもなくなってくで!」
即効性のあるキュアポーションのお陰で、見る見るうちに病から解放されていく人たちを見て、集まった人たちの反応はがらりと変わった。
「ほんまに効くみたいや!」
「しかもイボの痕すら残ってへんで!」
「よかった! もし治っても痕が残るんなら、お嫁に行かれへんとこやったわ!」
配布したキュアポーションを罹患者たちが次々と飲み干し、流行り病から解放されていく。
「うちにもう一人罹患者がおるんや! 動くこともままならんさかい、置いてきたんやけど……っ!」
「じゃあ、これを飲ませてあげてください」
「ああ、おおきに!」
ちなみに街中の神社という神社で、同じように罹患者を集め、キュアポーションを配っている。
セレンたちやガイさんの実家の人たちにも協力してもらっているけれど、足りないところは僕の影武者を配置していた。
念のため、後でみんなにもキュアポーションを飲んでおいてもらった方がいいだろう。
大勢の罹患者と接していると、ウイルスをもらってるかもしれないからね。
「影武者は病気になったりしないから大丈夫だけど」
「誠に大義であったのぢゃ、ルークとその一行よ。お陰で我が国から流行り病が一掃された。民たちを代表して朕がお礼を申し上げたい」
キュアポーションの力で流行り病がほぼ収束した後、僕たちはこの国を治める神皇に謁見することとなった。
その姿を直接見ることはできなかったものの、簾の向こう側から聞こえてくる声は、明らかに女性のものだ。
メイセイ神皇と呼ばれる現神皇は、どうやら女の人らしい。
年齢は定かではないけれど、声からはまだ若い印象を受けた。
「いえ、当然のことをしただけです」
「しかし、あのような貴重な薬を我が国のために大量に用意するなど、簡単にできることではないぢゃろう」
「もちろん、簡単というわけではありませんでしたが……」
「何か褒美を取らせねばならぬな。生憎と我が国はそれほど豊かではない。応えられるかは分からぬが、そなたの要望を申してみよ」
「そうですね……」
正直この国に関しては、それほど魅力的な特産品があるわけじゃない。
だけど、すでにエドウとオオサクとは鉄道で簡単に行き来できるようになっていて、米や魚を売ってもらっている。
いずれそのことは神皇の耳にも入ってくるだろうし、一国だけ蚊帳の外にあると知ったら、国際問題になりかねない。
ただ、いかにも保守的そうなこの国が、そう易々と鉄道の開通を許可するとは思えないし……。
ともあれ、ダメ元で打診してみることにした。
「テツドウぢゃと? ううむ、この国と西方が、たったの一時間で移動できてしまう、と……」
戸惑う様子のメイセイ神皇。
周りにいる役人たちに至っては、そんな怪しげなものを建設するなど言語道断、といった顔をしている。
結局、返答は保留となり、後日改めて連絡をくれるということになったのだった。
◇ ◇ ◇
西方の一行が謁見の間から去った後。
「陛下、御一行の一人が、ぜひ一度こちらの書物をお読みいただきたいとのことで……」
「なんぢゃ、これは? 『ルーク様伝説』ぢゃと?」
怪しげな書物を受け取ったメイセイ神皇は、訝しみながらもパラパラとページを捲っていく。
そこに書かれていた内容に、彼女は目を疑った。
「こ、これは……。……絶えない争いに、深刻な飢饉……そして蔓延する悲惨な疫病……。そんな末法の世に現れ、衆生をお救いくださるという、慈悲の菩薩……。ここに記されたルーク殿の行いは、まさにそれなのぢゃ」
熱心な仏の教えの信徒でもあるメイセイ神皇は、声を震わせ、言うのだった。
「各地の神社に、まったく同時刻にいたとの情報もある……そんな真似、普通の人間にできるはずがない! やはり間違いない……っ! あの方こそ、末法の世から我らをお救いくださるミローク菩薩ぢゃ!」
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