第396話 ちょっと今は時間がなくて
カシムが距離を取ったことで、マリベル女王は少しホッとしたように息を吐いた。
それから僕の方を見て、
「あなたのお陰で少しはマシになった。ほとんど四六時中つき纏われて、正直かなり参っていたところなんだ。……だが、なぜあたしたちが兄妹だと分かったんだ? 正直、似ていないと思うのだが……」
「あ、ええと……それはその、なんていうか、雰囲気で?」
「雰囲気? むしろ雰囲気こそ真逆のような気が……」
マリベル女王は疑問を抱いたようだったけれど、幸いそれ以上のことは追究してこなかった。
「あたしの名はマリベル。エンバラ王国の出身だ。君は?」
自分が女王であることは伏せつつ、名乗るマリベル女王。
「僕はルーカス。えっと、ローダ王国の出身だよ」
慌てて思いついた名前を口する。
もちろん出身地も適当だ。
「ルーカス、か……」
「? どうしたの?」
「その……なんていうか……」
いつもの凛々しくてはきはきしたマリベル女王が、なぜか少し口ごもり、目を泳がせている。
心なしか、頬も少し赤いような印象だ。
「いや、こんなの、あたしらしくないな」
それから急に意を決したように、彼女は真っ直ぐ僕を見つめてくると、
「初対面でいきなりこんなことを言われて戸惑うかもしれないが、正直めちゃくちゃあたしのタイプだ。要するに君に一目惚れした。よかったら、あたしとデートしてくれないか?」
「へ?」
なんかいきなり告白されたんだけど!?
「ええっと、そのっ」
当然ながら焦る僕。
なにせこの身体は影武者で、実在している人間ではないのだ。
中身は僕だし、マリベル女王の期待には応えられない。
ていうか、マリベル女王って、意外と面食いだったんだね……。
「も、もちろん、構わないよ!」
「本当かっ?」
「ただ、ちょっと今は時間がなくて! また今度なら!」
「そうか。いつなら空いている?」
「そ、そうだね……じ、実は僕、ルーク村長に誘われて、つい最近この村に来ることになったんだけどっ、時間の取れそうなときが分かったら、彼に伝えておくよ! あっ、もうこんな時間! ごめんね、マリベルさん! じゃあ、また!」
僕はまくし立てるようにそう言い残し、逃げるように去ったのだった。
さすがに本当にデートに行くのは難しいので、後でどうにか理由を考えて、〝ルーカス〟は村を出てローダ王国に戻ってしまったことにしよう。
「やっぱりイケメンにし過ぎるのもダメみたいだ……」
その日、村に戦慄が走った。
「婚活しようと思っている」
エルフのフィリアさんが、いきなりそんなことを言い出したのだ。
「こ、婚活? 急にどうしたの?」
「うむ。長寿種のエルフであるはいえ、私もそろそろいい歳だ。それに最近、弟ができたのだが、物凄く可愛くてな。ぜひ自分の子供も欲しいと思い始めたのだ」
どうやらそれで突然の婚活宣言らしい。
もちろんそれ自体は好ましいことなのだけれど……実はフィリアさん、秘かにファンクラブができるほど、村の男たちに大人気なのだ。
そのためフィリアさんの宣言は瞬く間に村中に広がって、彼女のファンを大いに動揺させた。
「なに? フィリアちゃんが婚活を始めるだって?」
「お、怖れていた日がついに……」
「だが婚活を始めるということは、まだ相手がいないってことだろう?」
「つまり俺たちにもワンチャンあるってことか!?」
一喜一憂する彼ら。
中でも最もフィリアさんの宣言にショックを受けたのが、
「フィリアさんが結婚……フィリアさんが結婚……フィリアさんが結婚……フィリアさんが結婚……フィリアさんが結婚……フィリアさんが結婚……あばばば……」
「ちょっ、セリウスくん!? しっかりして! まだ結婚するって決まってないから! 今から魂が抜けるようじゃ先が思いやられるよ!」
セリウスくんは前々からフィリアさんに思いを寄せているのだ。
「ていうか、同じ狩猟チームだし、幾らでもチャンスがあったのに、今までのんびりしてるからだよ……」
マリベル女王を見習ってもらいたいものである。
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