第124話 仲良くあの世へ送ってやる

 ラウル軍が去っていった後。

 五千の兵がいなくなって、すっかり静かになったマンションへと足を運んだ。


「ええと……そこに一人隠れてるよね?」

「っ!?」

「大丈夫。別に怒らないから出てきて」


 とある部屋のクローゼットの中から、おずおずと一人の青年が姿を現す。

 ラウル軍にいた兵士の一人だ。


「みんな帰っちゃったよ?」

「わ、分かっている……だけど……」

「だけど?」

「この村での生活が快適すぎて! 帰りたくなかったんだあああああっ!」


 え、そっち?

 てっきり軍務が厳し過ぎて、嫌になっちゃったのかと思ったのに。


 勝手に軍から離脱し、マンション内に隠れていたのは彼だけじゃなかった。

 全部で三十人くらいもいた。


 大量の部屋の中から全員を見つけ出すのは、普通なら大変な作業だろうけれど、侵入者感知のお陰でサクサク見つけることができた。


 普通こんなに置いていっちゃうかな?

 たぶん慌てて出発したから人数確認が疎かになってしまったのだろう。


「どうかこの村に置いてください!」

「「「お願いします!」」」


 必死に頭を下げてくる脱走兵たち。

 詳しく聞いてみると、全員が普段は別の職業に従事していて、有事の際にのみ駆り出される徴集兵らしい。


 それならまぁ、大ごとにはならないかな。

 どのみち帰還後には解散するだけだっただろうし。


「いいけど、ちゃんと家族や地元には事情を伝えてからにしてね。家族を連れてきても構わないから」

「「「ありがとうございます!」」」


 ということで、いったん帰らせることにした。


 そしてこの村に移住したいと言い出したのは彼らだけじゃなかった。


「え? ダントさん、リーゼンに戻らないんですか?」

「はい。ルーク様がよろしければ、ぜひこの村に置いていただけたらと」


 どうやらダントさん一行もこの村に残りたいらしい。


「もちろんそれは構いませんが……大丈夫なんですか?」

「きっとそのうち新しい代官が来るでしょう。それに今さら戻ったところで、さすがに我が一族が代官を続けるというわけにはいかないでしょうからね」


 ラウルに真っ向から敵対してしまったわけで、確かに代官を続けるにしても大変だろう。


「分かりました。ではこれからもぜひよろしくお願いします」

「あ、ありがとうございます……っ!(よかった……妻がここでの生活を気に入っていて、また街に戻ると言ったらどうなることか……)」


 なぜか急に涙ぐむダントさん。

 ……やっぱり本当は代官を続けたかったのかもしれない。



    ◇ ◇ ◇



「エデル様! ご報告です! 都市メネールが陥落! 反乱軍の首謀者リネル=シュネガーは自害したとのことです!」

「そうか。これでシュネガーは完全に我が物となったな」


 部下からの報告に顔色一つ変えずに頷いたのは、ルークやラウルの父、エデル=アルベイル侯爵だった。


 シュネガー家との戦いに勝利した後も、その残党が徹底抗戦を続けていた。

 だがその拠点となっていた都市を落とした今、もはやアルベイルに逆らう者はいない。


 元々この国では、五大勢力と呼ばれる五つの勢力が争っていた。


 新興勢力である北東のアルベイル侯爵家と南東のシュネガー侯爵家。

 旧家である北西のカイオン公爵家と南西のタリスター公爵家。

 そして中央の王家だ。


 そんな中、アルベイルがシュネガーを取り込んだのだ。

 今やカイオンとタリスターも恐れるような相手ではなく、王家も到底手を出すことができないほどの大勢力と化していた。


 それから数日後。

 国王の勅書を携え、使者が訪ねてくる。


「エデル=アルベイル卿、貴殿に公爵位を授けたいとの陛下のご意向だ。つきましては、王宮へ参上いただきたい」


 王家の使者らしい高慢な態度で告げられたその内容を、彼は一蹴した。


「要らん」

「……は?」


 てっきり相手が歓喜するだろうと思っていた使者は、予想外の返答に唖然とし、そして声を荒らげた。


「な、何を言っておられるのだ……? こ、これ以上ない栄誉だというのに、貴殿は要らぬと申すのかっ!?」


 現在の公爵家は旧家であるカイオンとタリスターだけで、新興であるアルベイルがそれを新たに戴くとなれば、王国の歴史に名を残すほどの出来事だ。

 使者が言う通り、これ以上の栄誉はない。


 しかしエデルは吐き捨てる。


「何が爵位だ。腐敗した宮廷貴族どもに乗っ取られ、すでに何の求心力も持たない王家ごときに、一体どんな権威があるというのだ?」

「なっ……」


 爵位を与える、それはすなわちアルベイル家は王家の臣下であるということを、改めて世に知らしめることに外ならない。

 だが彼はそれを良しとはしなかった。


「き、貴様っ! 王家を愚弄するのか!?」

「ふん、今さら王家などを怖れるとでも思うか? お前たちはいつまで自分たちが天下であると勘違いしている?」

「っ……そ、それ以上の侮辱は許さぬぞ!?」


 顔を真っ赤にして激怒する使者だったが、エデルが立ち上がって近づいていくと、その威圧感だけで気圧されたのか、「ひっ」と悲鳴を漏らしてその場に尻餅を突く。


「帰って無能な王と取り巻きの豚貴族どもに伝えろ。公爵位など要らん。それよりも私に

「~~~~っ!」

「さもなければ――」


 エデルは使者の髪の毛を無造作に掴み上げ、宣戦布告するのだった。


「――王都に攻め込み、全員仲良くあの世へ送ってやる、とな」

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