第335話 腹が減っては戦ができぬ

 飲食街で見つけた恰幅のいい女性。

 まさかとは思ったけれど、東方特有の服装や腰に下げている刀から考えて、明らかにアカネさんだ。


「アカネさん?」


 僕が声をかけると、ハンバーガー五個を抱えたアカネさんが振り返る。


「む? ルーク殿でござらぬか。どうしたでござる?」

「どうしたって、それはこっちの台詞なんだけど。こんなところで何してるの?」

「ななな、何って、ハンバーガーを買っているでござるよっ。それにしてもこれ、驚くほど美味しいでござるなぁ! 拙者の国にはなかった食べ物でござる!」


 分かりやすく動揺したアカネさんは、五個あるうちの何個かを背中の方に慌てて隠す。

 今さら隠しても遅いんだけど。


「そもそもハンバーガーの個数の問題じゃなくてさ。修行はどうしたの?」

「こ、これはあくまで腹ごしらえでござるよ! 腹が減っては戦ができぬというでござるからなっ!」

「ふぅん。でも最近ぜんぜん訓練場に来ないって聞いたけど」

「ぎくっ……」


 問い詰めると、だらだらと脂汗を流し始めるアカネさん。


「もしかしてだけど……ちょっとアカネさんに貸してる部屋、見に行ってもいい?」

「い、いや、それはっ、なんというかっ、今は都合が悪いというかっ……」

「ええと、確か貸したのはこの辺の部屋だったよね」


 しどろもどろになるアカネさんの手を掴み、僕は瞬間移動する。


「こんなに一瞬で……これができれば、もっと簡単に食べ物を……」

「何ぶつぶつ言ってるの? この部屋だよね? 入っていい?」

「はっ!? い、いや、少し待って――」

「入るね」


 僕は有無を言わさず玄関のドアを開けた。


 すると中から漂ってきたのは、猛烈な悪臭だった。

 たぶん生ごみとかの臭いだろう。


「うわっ、これは……」


 思わず鼻を摘まみながら部屋の中を見渡すと、床中に食べ物の残骸が散乱していた。

 ハンバーガーを包んでいた紙や串焼きの串、飲み終わって洗っていないコップなどなど。


 恐らくこの部屋で食い散らかしたものだろう。


「ベッドの上まで残骸が……それにまだ短い期間なのに、シーツに酷い染みができてる……。なるほど……つまり、修行もロクにしないで、部屋にこもって食って寝てばかりの生活をしてたってことだね」


 僕の推理が図星だったのか、アカネさんは「うぅ」と呻くことしかできない。


「ねぇ、修行のためにこの村に滞在してるんじゃなかったの?」

「……だ、だって!」


 ぶるぶる贅肉を震わせていたアカネさんが、いきなり叫んだ。



「だって、この村の食事が美味し過ぎるのが悪いでござるうううううううっ!!」



 買ってきたばかりのハンバーガーを一つ手に取ると、包み紙を剝がし、かぶりつくアカネさん。

 なんでこのタイミングで食べるの!?


「ううう、美味い! もぐもぐ! やはり美味すぎるでござる! もぐもぐもぐ! 一口食べると、もはや手が止まらなくなるでござる! もぐもぐもぐもぐ!」


 そしてあっという間に食べ終わると、すぐに次のハンバーガーへ。


「一個食べただけでは満足できないでござる! もぐもぐ! もう一個! もう一個と、気づいたら五個くらい、あっという間にすべて食べ終わってしまっているでござるよ! もぐもぐもぐ」


 そうやって訓練にもいかずに食べまくり、ブクブク太っちゃったってことか。


「……ねぇ、あの覚悟は嘘だったの? 食欲に囚われ、あっさり決意を翻しちゃうなんて、それでもサムライなの? もしそうだとしたら、サムライって大したことないんだね」


 僕はあえて辛らつに指摘する。


「はっ!?」


 我に返ったのか、ハンバーガーを口に運ぼうとしていた手が止まった。


「拙者は一体、何をしていたのでござろう……。サムライとしての矜持を忘れ、このような食べ物に我を忘れていたなどっ……」


 震える手からハンバーガーが落ち、床が汚れる。


「もはや死をもってしか雪げぬほどの恥っ! 切腹いたすっ!」

「うわああああっ、ちょっと待ってっ!」

「……む?」


 突然また腹を切ろうとしたアカネさんだったけれど、短刀を取り出そうとしたところで、その手が止まった。


「に、肉が邪魔で、短刀が取り出せぬでござる……っ!?」


 僕は思わずその場にズッコケてしまった。


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