第209話 取引をいたしませんか

「ええと……ごめん、もう一回聞かせてもらえるかな? 今ちょっと信じられない言葉を聞いた気がするんだけど……」


 嘘だよね、という顔で僕はセリウスくんに問う。


「ぼ、ぼくはっ、どっちを選べばいいんだろうか……? フィリアさんと……み、ミランダさんの……」

「何でそうなってるの!?」


 残念ながら聞き間違いじゃなかった。


「いやいや、ミランダさんて。え? いつから好きになっちゃったの?」


 というか、あれを好きになっちゃうの?


「い、遺跡で、まだ眠った状態の彼女を、初めて見たときに……な、なんて、美しい人なんだって……」

「……そう」


 セリウスくんって意外と一目惚れ体質なんだね。


 それに美人なお姉さんが好きなのだろう。

 あの二人じゃ中身は真逆だけれど。


 ……もしかしたらめちゃくちゃな年上好きという可能性も?


 エルフのフィリアさんはああ見えて百歳超えてるし、ミランダさんも眠っていた期間を除いても実は結構な年齢らしい。

 魔法によって若さを保っているそうなのだ。


「フィリアさんはともかく、ミランダさんは毎日お酒飲んでぐうたらしてるだけの人だよ? 好きになっちゃいけないタイプだと思うけど」

「た、確かに、彼女の自堕落な生活は、あまり褒められたものではないと思う……」


 だけど、とセリウスくんは続けた。


「ぼくはそんな彼女を、どうにかしてあげたいって思ってるんだ!」


 ああ、ダメだ、これは。

 典型的に地雷女性に色々と吸い取られちゃうパターンだ。


「ええと、悪いことは言わないけど、フィリアさんにしておいた方がいいよ。真面目で周りからも慕われてるし、きっと良いお嫁さんになると思う」


 トイレで変な声を出したりしてるけど、そこには触れないでおこう。


「おおお、お嫁さんなんでまだそんな早いというか考えるだけで悪いというか!?」


 顔を真っ赤にしてワタワタするセリウスくん。かわいい。


「ともかく、ミランダさんだけはやめておいた方がいいからね。分かった?」

「う、うん……分かった、そうするよ」


 悲しそうに肩を落とし、セリウスくんは去っていった。


 ……それにしても最近のセリウスくん、この半年ほどで、かなり背が伸びてきた気がする。

 もうセレンとあまり変わらないくらいだ。


 近いうちに十四歳になるわけだし、それくらい伸びていてもおかしくないよね。

 同い年の僕は去年から全然変わらないけど……何でだろ……もう伸びないのかな……。



   ◇ ◇ ◇



「ふふふ、もしまたルーク様を誘惑してみてください。ただでは済ましませんよ……?」

「お、おう……も、もちろん、もうしねぇよ……」


 笑顔なのにまったく目が笑っていないメイドに、ミランダは圧倒されていた。


「(何だ、このメイドは……殺気がヤベェだろ……こいつには逆らわないようにしよう、うん)」


 心の中でそう決意した彼女へ、メイドが言う。


「それで一つ、わたくしと取引をいたしませんか?」

「取引、だと?」

「はい。もしわたくしのお願いに応じてくだされば、この部屋の掃除から食事、お酒のご用意まで、すべてわたくしがして差し上げましょう」

「……で、そのお願いってのは何だ? 面倒なものじゃねぇだろうな?」


 もしそうなら本末転倒だ。

 結局それで仕事をすることになっては意味がない。


 訝しむミランダへ、そのメイドは言った。



「ルーク様の成長を止めていただきたいのですっ!」



「……は?」

「やはりルーク様はあの小さなお身体のままが一番です! これ以上、成長してしまっては、その可愛らしさが半減してしまう!」


 何を言ってるのだろう、このメイドは、とミランダは思った。


「これまで毎日欠かすことなく、背が伸びないように祈ってまいりました。その効果もあってか、今のところどうにか僅かな成長に留まっていますが……」

「……お、おう」


 祈りというか、それはもはや呪いなのではないだろうか。


「できれば、完全にそれを止めてしまいたいのです!」

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