第294話 儂は少し疲れているようですな

「じゃあ、ひとまずそのオアシスに連れて行ってあげるよ」

「ほ、本当かっ? だがすでに十分過ぎるほど、君たちに助けてもらっている。さすがに……」

「気にしないで。これに乗っていけばすぐだからさ」


 歩きにくい砂漠の上を進むより、遥かに早く移動できるのだ。

 魔物に遭遇する心配もないしね。


「ええと、どっちの方向かな?」

「向こう……のはずだ」


 軽く方位計を見てから、少し心許なさそうに指をさすマリベル。


「……色々あって、現在地が分からなくなってしまっているのだ」


 砂漠ではすぐに方角が分からなくなるため、方位計が欠かせない。

 それでも自分のいる位置が不確かになってしまったら、目印のほとんどないこの砂漠で、目的地に辿り着くのは至難の業である。


「セレン、そこから何か見える?」

「そうねぇ……」


 物見塔の上から目視でオアシスを探そうとするセレン。


「いや、さすがに見えるような場所にはないと思うが……」


 マリベル女王は怪訝な顔をしているけれど、ギフトで作ったこの物見塔は、そこに立つだけで視力を高めてくれるのだ。


〈物見塔:もっと遠くまで見渡せる、頑丈な石造の櫓。視力大幅アップ〉


 施設グレードアップを使い、この視力アップ効果を上げることにしよう。

 すると、


「凄い! もっと遠くまで見えるようになったわ! あっ、もしかして、向こうの方に見えるやつかしら?」


 それらしきものを発見したみたいだ。


「ほ、本当かっ!?」


 マリベル女王が驚きながらも物見塔を駆け上がっていく。

 僕もその後を追いかけた。


「あそこよ。ほら」

「なっ……た、確かに見える……?」


 セレンが指さす方に目を向けると、茫漠と広がる砂の海の中に、ぽつんと小さな水溜りのようなものが見えた。

 周囲には草木が茂っているようで、どうやら本当にオアシスみたいだ。


 距離にすると、たぶん十キロはあると思う。


「じゃあ、あそこに近づけるね」


 オアシス目指して公園を飛ばす。

 段々とそれが大きく見えるようになってきた。


 全長百メートルほどの小さな湖だ。

 よく見ると小屋のようなものが幾つか建っていて、畑もある。


 周囲には砂を固めて作り上げたらしい簡易的な防壁が築かれていた。


「ここは地図にも載っていない、隠れたオアシスなのだ。緊急時のためにと王家が管理していたもので、最低限の食料や武器などが備蓄されている。当然、この場所は敵にも知られていないはずだ」


 先んじてここに逃れてきたと思われる人たちの姿もある。

 空から近づいてくるこの公園に驚いているのか、ポカンと口を開けてこっちを見上げていた。


「すぐ隣に横付けするね」


 砂の防壁のすぐ隣に公園を着陸させようとする。

 武器を手にした男たちが、慌てて駆け寄ってきたが、


「おおい! あたしだ!」

「「「女王陛下!?」」」


 手を振るマリベル女王の姿に気づいて目を丸くした。


「ご無事でしたか、陛下っ!」


 恐らくすでに初老と呼べる年齢ながら、屈強な体躯の男が涙を浮かべて彼女の前に跪く。


「ああ、ガンザス、そちらもな。もう良い歳だから、てっきり道中で力尽きているとばかり思っていたが」

「ははは! 老いてもこのガンザス、そう簡単にはくたばりはしませぬ! ましてや、愛する祖国を逆賊どもに奪われたままでは!」

「うむ、相変わらず心強いな」


 力強く胸を叩いて宣言する彼に、マリベル女王が頼もしげに頷く。


「それにしても、陛下の方こそ、長旅であったにもかかわらず、見たところ随分とお元気そうですな」

「……実は色々あってな。我々がここまで辿り着けたのは、ほとんど奇跡のようなものだ」

「そうでございましたか。ならば、きっと砂漠の神が我らを祝福してくださっているのでしょう。……ところで、陛下。その、儂には陛下が、空飛ぶ地面に乗って来られたように見えたのですが……いや、そんなはずはないか……ううむ、どうやら儂は少し疲れているようですな……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る