第164話 こっそり拉致するしか

 影武者は非常に便利だった。

 僕自身は村にいたままで、遠くにいる影武者を操って色んなことができる。


 高速移動が可能な道路があるとはいえ、村の範囲が広くなった今、各地にわざわざ出向くのは大変だからね。

 あらかじめ影武者を置いておけば、必要なときにすぐに動かすことが可能だ。


 最終的な理想としては、僕が操らなくても、ある程度は自ら判断して動いてくれるようになることだ。

 そのためには色々と学習させなければならない。


 影武者同士、それぞれが学習した内容が共有されるらしいので、僕は複数の影武者を作成しておくことにした。

 その結果――


「あれ? 村長がなぜここに? さっき向こうに歩いていったと思ったんだが……」

「なぁ、今日の村長、ちょっと変じゃなかったか? なんか、受け答えが、ぎこちなかったというか……」

「ていうか、最近、村長を頻繁に見かけるんだけど……それこそ、複数いるんじゃないかってレベルで……い、いえ、そんなはずないわよね……」

「俺は確かに見た! 村長が二人いるところを! 本当だって! 顔も背格好も完全に同じだった! もしかして村長は双子だったのか!?」


 ――村人たちを怖がらせてしまった。


 うん、あらかじめ言っておくべきだったよね。

 僕の影武者が何人かいると伝えると、村人たちは「なるほど」「そういうことか」「さすが村長」とあっさり納得してくれた。


 普通はもうちょっと驚いたりするよね?


「もはや村長が増えたところで驚きませんよ」

「村長のことでいちいち驚いていたらきりがありませんから」

「ルーク様が何人も……おひとりくらい我が家にいただけませんかね?」


 なんか免疫が付いてきたみたいなことを言われてしまった。

 あと、影武者を欲しいという声があちこちから上がったけれど、家に置いてどうするんだろう……。


「(ルーク様の影武者!? ほ、欲しい……っ! これはもう、こっそり拉致するしか……ハァハァ……)」


 ミリアが鼻息を荒くしている。


 何だろう……影武者はミリアに近づけない方がいい気がする……。

 もしミリアを見かけたら距離を取るように言い聞かせておこう。


 影武者たちには、学習のため基本的に自由行動させることにした。

 村人たちから要望を受けたり、気になることがあったりしたら、僕に連絡するようにと命じてある。


 サテンの念話のように、影武者とは遠距離でも会話することが可能なのだ。


 ちなみに影武者の居場所はマップを見れば簡単に分かる。

 星印になっているので非常に分かりやすい。


「判断に困ったときは僕に訊いてね」

「「「分かった」」」







『判断に困ることがあったんだけど』


 という連絡が影武者からきた。


「どんな内容?」

「村のご婦人たちからのお願いに、応じるべきか、断るべきか、分からなくて」

「お願いって、具体的には? いや、直接聞いた方がいいかな。意識をそっちに移すよ」


 そうして安易に影武者に意識を移したのが間違いだった。

 あらかじめその影武者の居場所をマップで見ておけば、こんな過ちを犯すことはなかったはずなのに……。


「……へ?」


 影武者の視点へと切り替わった瞬間、目に飛び込んできたのは肌色の空間だった。

 周囲には暖かい湯気が充満していて、少し視界が白くなっている。


 こんな場所はあれしかない。

 公衆浴場だ。


 しかも男湯ではなく――


「村長、お背中流しますね」

「いいえ、私が流してあげるのよ」

「抜け駆けはダメですわよ。村長のお背中はあたしが流しますわ」


 目の前でそんなやり取りをしているのは、半身こそお湯に浸かって見えないものの、一糸纏わぬ姿をした村のご婦人たちだ。


「ぶふぅっ!?」


 何で僕、女湯に入ってるのさ!?

 よく見たら僕(影武者)も裸で、ご婦人たちに囲まれながら湯船に浸かっていた。


『誰に背中を流してもらうべきか、判断に困ってたんだ。特定の誰かを選んでしまうのはやめた方がいいよね?』


 それ以前の問題だから!

 そもそも僕は女湯になんて入らないの!


『えっ? 村長なら女湯に入っても大丈夫だと言われたんだけど……』


 大丈夫なわけないでしょ!


「せっかくだからみんなで流すのはどう?」

「それは妙案だわ」

「って、あら? 村長は……?」


 僕は湯船から逃げ出していた。


「いたわ!」

「まぁ、可愛らしいお尻!」

「お待ちくださいな!」


 待つわけがない!

 僕は地下道を作ると、階段を駆け下りてそこから女湯を脱出したのだった。


 まだまだ影武者の教育が必要みたいだ………。

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