第233話 さっき新しく作ったんだ
「くそっ、あたしとしたことがっ……人族なんかに捕まっちまうなんて……っ!」
その少女は地下牢で自らのヘマを嘆いていた。
獣の耳に獣の尻尾。
普通の人間にはない特徴を持つ彼女は、この公爵領のさらに北方に住む獣人族だ。
貧しい土地で暮らす彼女たち獣人族は、人族が作る農作物などを奪うため、頻繁に略奪を繰り返していた。
そのために幾度となく人族の戦士から反撃を受けているのだが、身体能力の高い彼女たちが捕まったりすることは滅多にない。
今年で十六になる少女も、十二のときからこの略奪部隊で活躍しているが、今まで難なく逃れてきていた。
だが今回。
彼女は人族が仕掛けた罠に、まんまと引っかかってしまったのだ。
その罠のせいで動けなくなった彼女を置いて、仲間たちは逃げ去ってしまった。
薄情ではあるが、元よりそういう掟なのだ。仕方がない。
「……これからあたし、どうなるんだろ」
一頻り牢の中で己の失態を悔いた後、不意に不安が押し寄せてきた。
人族に捕まってしまった同族は過去にもいたが、まず帰ってくることはなかった。
殺されたか、奴隷にされたか。
いずれにしても、再び故郷に戻ることはできないだろう。
「そりゃ、略奪するあたしたちだって、悪いかもしれない。けど……元々はこの辺りは、あたしら獣人の縄張りだったんだ。それが奴らに北へ北へ追いやられて……」
北に行くほど土壌の悪くなり、作物が育たなくなるという。
そのため彼女たちに獣人族は農業を捨て、狩猟を中心として生活するようになった。
だが獣人と言っても、肉ばかり食べていては健康を害する。
だから仕方なく人族が育てた農作物を奪っているのだった。
獣人族にも色々な部族があるため一概には言えない。
しかし少なくとも彼女たちが属する猫族は、基本的に人族を攻撃したり家屋を破壊したりすることはなかった。
「こんにちは」
「っ!?」
狭い牢屋の中、突然、後ろから声をかけられて、彼女は一瞬心臓が止まるかと思った。
慌てて振り返りながら、獣のような俊敏さで牢屋の端っこまで飛んで距離を取る。
「な、何者だよっ!?」
「あ、驚かせちゃってごめん。でも心配しなくていいよ。お姉ちゃんを害そうってわけじゃないから」
「……人族の、子供?」
つい毒気を抜かれてしまったのは、そこにいたのが彼女よりも幾つか年下と思われる人族の少女だったからだ。
しかも随分と華奢で可愛らしい。
敵対的な匂いはまったくしなかった。
それでも得体の知れない相手に、彼女は警戒していつでも戦えるよう身構えながら、
「どっから入ってきやがった……?」
少女は牢の出入り口のある鉄格子とは、反対側に忽然と姿を現したのだ。
聴覚や嗅覚に優れた獣人族の彼女ですら、声を掛けられるまで接近を察知できなかったほどである。
「この階段から」
「いつからそんなとこに階段が!?」
もしかして隠されていたのか。
だが地下牢にそんなものがあるというのも変だ。
「ううん、さっき新しく作ったんだ」
「ますます意味が分からない……」
理解が追い付かずに頭を抱えたくなる彼女を余所に、人族の少女はその階段を降りていこうとする。
「ほら、付いてきて。ここから逃げられるから」
「ま、まさか、あたしを逃がそうってのか?」
「そうだけど」
「何が目的だ……?」
彼女をここに捕えているのと同じ人族だ。
いかにも無垢そうな少女であるが、ほいほいと付いていってしまうほど愚かではなかった。
「目的も何も、単にお姉ちゃんをここから逃がそうと思ってるだけだよ」
「一体何のために?」
「そうだね……できれば獣人たちに会ってみたいなって」
「……?」
悩んだものの、少女に付いていくことにした。
どのみちここに居たところで、彼女に未来はないのだ。
少女はルークと名乗った。
男っぽい名前だなと思いつつも、彼女もまた名乗り返す。
「あたしはララだ」
「よろしくね、ララお姉ちゃん」
「っ……(か、可愛い……)」
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