第146話 どう見てもムキムキだって

「……ねぇ、最近みんな、やけに身体がムキムキになってない?」


 その日、村の公衆浴場に来ていた僕は、村人たちの体格がよくなっていることに気づいた。

 もちろん自宅にお風呂はあるのだけれど、村人との交流も兼ねて、たまにこっちに来ているのだ。


「はっはっは、そんなことありませんよ、村長」

「前からこんな感じですよね」

「そうですそうです」

「いやどう見てもムキムキだって! 二の腕が太腿みたいだし!」


 なぜか否定してくる村人たちだけれど、明らかに誤魔化し切れないバルクアップぶりだ。


 はち切れそうな分厚い胸板に、山脈のような僧帽筋、そして大腿四頭筋は鎧のよう。

 しかも数人だけならまだしも、みんなそろってゴリゴリのマッチョに仕上がっているのである。


 まるでボディビルダーの大会会場に迷い込んでしまったかのようだ。


「狩猟班とか冒険者なら分かるけど、何で普通の仕事してる人たちまでムキムキになってんの……? ほら、ベルリットさんも前はそんな身体じゃなかったよね?」


『剣技』のギフトを持ち、普段から訓練をしている弟のバルラットさんならともかく、ベルリットさんの普段の仕事は筋肉を必要としないものだ。


「ええと……まぁ、少しトレーニングをしてはいますが……」

「少しってレベルじゃないと思うんだけど?」


 一体どうやったのかと、真剣な顔で詰め寄ると、ベルリットさんは観念したように、


「村長が作ってくださった施設のお陰ですよ」

「え? 僕が?」

「はい。私も含めて普通の村人たちの身体つきがよくなったのは、訓練場で鍛えているからなんです」

「訓練場で?」


〈訓練場:武技や魔法などの訓練のための施設。成長速度アップ、怪我防止機能〉


「狩猟班や衛兵、冒険者用に作っていただいたものだと思いますが、密かにそこに交じって身体を鍛えていた者がいまして。そうしたら立派な体格に……。それを知った他の男たちも空いた時間に身体を鍛えるようになり、気が付けば皆がマッチョになっていたのです。最近では剣や槍などを習っている者もいて、村に来たばかりの冒険者と互角の試合をしたとかしないとか」


 間違いなく訓練場の「成長速度アップ」の効果だ。

 恐らく筋トレの効果を大きく高めてくれるのだろう。


「それだよ、それ!」


 僕は思わず叫んでいた。


 なかなか背が伸びず、いつまでも子供っぽい僕。

 周りからは「かわいいかわいい」と言われているけど、僕だって本当は「かわいい」より「かっこいい」と言われたいんだ。


「僕も訓練場で筋トレして、みんなみたいにムキムキな身体になってみせる! よーし、善は急げだ! 今すぐ訓練場に――」


 がしっ!


「――あれ?」


 何で僕、ベルリットさんに腕を掴まれちゃったの?


「あの……ここを出たいんだけど?」

「村長、残念ですが行かせはしません」

「な、何でさ!?」

「なぜなら……ルーク村長に、ムキムキな身体など似合わないからです……っ!」


 ええええっ!?


「そうです! 村長は今のままが一番ですよ!」

「絶対に鍛えてはいけません!」

「村長がマッチョになるなど、言語道断! 筋肉のことは我々に任せておけばよい!」


 ベルリットさんのみならず、他のマッチョたちも口々に言ってくる。


「いや、似合う似合わないとかの問題じゃないでしょ!? 邪魔しないでよ! 僕は身体を鍛えるって決めたんだ!」


 ベルリットさんを引き剥がそうとするけど、力が強すぎてビクともしない。

 さらに僕の進路を塞ぐように、マッチョたちがずらりと並んで筋肉の壁を作り上げる。


 これを突破するなんて非力な僕では不可能だ。


「うぅ……わ、分かったよ……そこまで言うならやめておくよ……」


 僕はマッチョ計画を断念するのだった。






 ……なーんて、簡単に諦めるわけがない。


「さて、みんなに見つからないように、こっそり訓練場に向かうとしよう」


 と思ったのだけれど、


「どうされましたか、村長?」

「村長、こちらに何か御用ですか?」

「おはようございます、村長!」


 訓練場に行こうとしたら、必ずマッチョが目の前に立ちはだかる!


「いや、この先に行きたいんだけど……」

「はっはっは! 今日はいい天気ですね!」

「話も通じない……」


 結局いつになっても、僕は訓練場に行くことができないのだった。



    ◇ ◇ ◇



 ……ルークのマッチョ化計画を阻んでいたのは。


「皆さん、よいですね!? 絶対にルーク様を訓練場に近づけてはなりません! 皆で力を合わせ、ルーク様のショタ体型を死守するのです!」

「「「おおおおおおっ!」」」


 指導者ミリアが率いるルーク教の信徒たちであった。





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