第6話 この家から出ていくわ

「お父様には悪いけれど、私、この家から出ていくわ」

「なっ……一体どういうつもりだ、セレン!?」


 私の宣言に、お父様が目を剥いて叫ぶ。


「どうもこうもないわ。私、さすがに今回のことだけは我慢ならないのよ」


 こんな時代だ。

 どこの領主も、子供を使った政略結婚なんて当たり前のように行っている。


 私も十歳の頃には、すでにアルベイル卿の子息の元へ嫁ぐことが決まっていた。

 領地を護るには仕方ないと理解し、私はその決定に従うつもりだった。


 でも、元々はアルベイル卿の長男であるルークが、私の旦那になるはずだったのだ。

 すでに何度か顔を合わせたことがあるけど、アルベイル卿と違って随分と優しい印象の可愛らしい少年だった。

 ちなみに私より三つ年下だ。


 だけど祝福の儀で彼が授かったのは、明らかに戦いには役立たないギフト。

 一方、アルベイル卿の『剣聖技』を引き継いだのは、側室の子であるラウルの方だった。


 その結果、私はラウルの方に嫁ぐことになってしまった。

 ルークは開拓地送りにされたと聞いている。


「相手がルークならまだ我慢できたけど、あんな性格の捻じ曲がった男、絶対に御免だわ!」

「セレン!? アルベイル領を継ぐのはラウル殿なのだ! 領地のためを思うなら……」

「絶対に嫌よ! あんなのと結婚するなら死んだ方がマシよ!」


 私はそう言い捨てて、お城を飛び出した。


 そのまま領地を出ていこうとする。

 だけど、さすがにそう簡単には行かせてくれなかった。

 街道に領兵が配置されていたのだ。


「セレンお嬢様、どうかお戻りください」

「ふん、止められるものなら止めてみなさいよ」


 私は強引に突破しようと、腰から二本の剣を抜いた。

 刀身がピキピキと音を立てて凍っていく。


 私が本気であることが伝わったのか、領兵たちが思わず後退った。

 もちろん彼らは私の力を知っている。

 この程度の戦力では、私を止めることなどできないということも。


「っ……ど、どうか、セレンお嬢様……」

「くどいわ。とっととそこを退かないと、痛い目を見ることになるわよ?」


 そう脅してやると、領兵たちは無念そうに道を開けた。

 私は悠々と彼らの間を通り抜け、生まれ故郷を後にしたのだった。



     ◇ ◇ ◇



 開拓地に来てから数日が経った。


「ルーク様、ご覧ください! 畑から芽が……っ!」

「えっ? ほんとだ……っ!」


 ミリアに呼ばれて慌てて見に行くと、確かに土から小さな芽が顔を出していた。

 本当にこんな畑で作物が育つのかと心配していたけれど、この様子なら大丈夫そうだ。


 しかもミリアによれば、普通より成長が早いようだという。


「やりましたね。もちろんまだまだこれからですが、どうにか食糧を確保できそうです」

「よかった」


 一方、毎日加算される村ポイントを使って、僕は新たに物見櫓と土塀を作っていた。

 どちらも20ポイントを消費した。


 本当は小屋をもう一つ作りたかったんだけど、ミリアがそれより万一に備え、防衛のための設備を整えるべきだと主張したからだ。

 今のところ一度も魔物に襲われてはいないけれど、遠くに何度かそれらしき影を見ていたし、確かにその通りだなと僕は納得した。


 土塀の高さはだいたい二メートルくらい。

 大型の魔物には効果がなさそうだけど、小さな魔物なら侵入を防ぐことができそうだ。


「っ! ルーク様!」


 突然、物見櫓の上にいたミリアが叫んだので、何事だろうかと僕は彼女を見上げる。

 うっ……スカートの中が見え……って、今はそんなこと気にしている場合じゃない。


「大変です! ゴブリンの集団がこちらに向かってきています!」

「ええっ!」


 十匹ほどのゴブリンたちが、僕の村に近づいてきているという。


 ゴブリンは醜悪な顔をした人型の魔物だ。

 身長はせいぜい150センチくらいで、一匹だとそれほど強くないが、群れると厄介だと言われている。


 土塀の高さに、諦めて帰ってくれたらいいんだけど……。


「塀を登ってきています!」


 どうやら仲間を踏み台にして、土塀を乗り越えようとしているらしい。

 村の中まで侵入されてしまうのは時間の問題だ。


「戦うしかない……っ!」

「ルーク様!?」


 僕は覚悟を決めて剣を手に取った。

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