第7話 そんなに嫌だったんだ

 僕はゴブリンと戦う覚悟を決め、こんなときのためにと、お城から持ってきていた剣を手に取った。


「戦うしかない……っ!」

「ルーク様!?」


 剣の訓練をしておけば、それに関連するギフトを授かりやすい、などと言われていることもあって、僕は幼い頃から剣術を習っている。

 結局、授かりはしなかったけど、まったく握ったことがないよりはマシだ。


「グギェギェギェッ!」

「っ!」


 ついに一匹のゴブリンが土塀を乗り越え、村に侵入してきた。


 体格は僕と同じくらい。

 でも相手は武器を持っていない。

 これなら倒せる……っ!


「はああああっ!」


 僕は裂帛の気合とともにゴブリンに斬りかかった。


「ギャッ!?」

「え?」


 だけどその前に、どこからともなく飛んできた氷の矢が、ゴブリンの頭を貫いていた。


「久しぶりね、ルーク」


 その声に振り返った僕が見たのは、土塀の上に立つ青い髪の少女だった。


「セレン!?」


 その少女のことを僕は知っていた。

 というのも彼女は、アルベイル家とは昔から友好関係にあるバズラータ家の領主の娘にして、僕の元婚約者だからだ。


 何度か城に来たことがあって、そのときに遊んだ記憶がある。

 僕より三つ年上ということもあり、大人のお姉さんという印象だったけれど、見たところ今はあまり身長が変わらなくなっているようだ。


 ちなみに、「元」というのは、領主に相応しいギフトを授かれなかった僕に代わり、弟のラウルが改めて彼女の婚約者になったからである。

 でも、そんな彼女がどうしてここに……?


「アイスニードル」

「「「グギャアアッ!?」」」


 セレンが放った氷の矢が、土塀を超えてきたゴブリンを次々と射殺していく。

 そしてあっという間にゴブリンの群れを全滅させてしまった。


「大きくなったわね。最後に会ったのは二年前くらいかしら?」


 何事もなかったかのように土塀の上から飛び降りると、彼女はこちらに歩いてくる。


「う、うん。そんなことより、何でセレンがここにいるの?」

「家出してきちゃった」

「ええっ!?」


 てへっ、と可愛らしく舌を出してとんでもないことを暴露するセレンに、僕は驚きのあまり大きく仰け反ってしまう。


「家出っていうか、絶縁?」

「もっとダメじゃん!? 何やってんのさっ? そもそも、ラウルと婚約したんじゃなかったの?」

「破棄してやったわ」

「ええええっ!?」


 驚愕する僕に、セレンはその理由をはっきりと言う。


「あんな奴と結婚するくらいなら死んだ方がマシだもの。でも死ぬくらいなら、家を捨てた方がマシでしょ?」

「そ、そんなに嫌だったんだ……」


 考えてみたら、当たり前のことかもしれない。

 だって領地のためだからって、好きでもない相手のところへ嫁がなければならないのだ。


 僕は親に無理やり決められても、反発する気持ちはあまりなかった。

 だけど、それはセレンが魅力的な女性だったからであって……。


「そっか……そうだよね……。僕はてっきり、セレンも結婚を嫌がってはいないのかなって思ってたけど……。そんなはずないよね。女の子からしたら辛いことだよね。好きでもない相手と無理やり結婚させられるなんて……」

「え? もしかして何か勘違いしてない? い、嫌なのは、相手がラウルだからであって……あなたとだったら……別に……」

「え? 今なんて?」


 声が段々と小さくなって、よく聞き取れなかった。


「だ、だから……その……」

「すとおおおおおおぷっ!」

「「っ!?」」


 突然、ミリアが大声で割り込んできた。


「わたくしもいるのですが、二人だけで会話を進めないでいただけますか?」

「だ、誰よ、あなたは?」

「第一村人です」

「第一村人……?」


 セレンは首を傾げた。


「はい。ここはルーク様を村長とする村ですから」

「そ、そう言えば、ここは一体どうなってるのよ? こんなところへ開拓地送りにされたって聞いて、心配していたのに……土塀に物見櫓、それに井戸や畑まで……これ、もしかして二人だけで作ったの?」


 セレンは周囲を見回しながら疑問を口にする。


「ええと……実際に見てもらった方が早いかも?」

「見てもらう?」

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