第329話 ここは拙僧の実家である

「キョウの国は、三国の中で最も古い。神皇と呼ばれるお方が代々治め、かつてはこの山脈の東側全土を支配下に置いていた」


 キョウの国に向かいながら、ガイさんが説明してくれる。


「神皇は古くからの信仰である神道の最高指導者でもある。それゆえ、信仰の国と呼ばれているのだが……ややこしいことに、現在この国には仏の教えが広がり、神皇もこの仏の教えの熱心な信仰者であったりする」

「え? つまり、国の宗教のトップが、他の宗教を信仰してるってこと? それ大丈夫なの?」


 疑問を口にしたのはハゼナさんだ。

 ガイさんは神妙に頷いて、


「うむ。実はこの神道と仏の教えは、深いところで繋がっていて、別のようで同じものの異なる側面でしかない。……と、されておるのだ」


 なんだかちょっと無理やりな気もするけど……。


「神皇を退位された後、出家される方も少なくない。キョウの国は周囲を山々に囲まれておるのだが、その山に籠って厳しい修行に身を投じるのだ。かつて拙僧がいた宝蔵寺も山の中にあった。……何度も山を下りて町娘と遊興に耽っていたせいで、破門されてしまったが」


 そうこうしている内に、キョウの都が見えてきた。

 セレンが声を上げる。


「街が格子状になってるわ!」

「遥か昔、ナルラの地からここに都が移された際、このように作られたのだ。我らは碁盤の目状と呼んでおる」


 都の中心には、神皇の住まいである御所と呼ばれる場所があった。

 遠くからでも分かるくらいに広い。


 都の空に公園を浮かべたまま、瞬間移動で街中へ飛ぼうとする。


「場所はどこがいいですかね?」

「あの屋敷に降りてくれぬか」

「あれですか? 分かりました」


 ガイさんの指示に従い、地上へ瞬間移動した。

 御所からかなり近いところにある屋敷の敷地内だ。


 マサミネさんのところとまではいかないけれど、かなり大きな屋敷で、苔むした地面や上品に置かれた岩などが、独特の情緒を感じさせる。


「ふむ、懐かしいな……」

「ここって人の家の庭じゃないのか? 勝手に入って大丈夫なのかよ? しかも随分と格式高そうな感じだが……」


 アレクさんが訊くと、ガイさんは当然のことのようにあっさりと答えた。


「心配は無用だ。ここは拙僧の実家である」

「「「え!?」」」


 みんな揃って驚きの声を上げる。

 ハゼナさんが叫ぶ。


「あんた、もしかして良いとこの出だったの!?」

「うむ。こう見えて、拙僧の実家は公家である」

「貴族ってことよね? なのに、家を出て僧侶になっちゃったの?」

「決して珍しいことではない。特に拙僧は六人兄弟の末。家を継ぐ可能性の低い子供を仏門に入れるというのは、むしろこの国では一般的なことである」


 そんなことを話していると、怒号と共に屋敷の衛兵らしき男性がこっちに走ってきた。


「何もんや! どっから入ってきおった!?」


 薙刀を突き付けてくる男性に、ガイさんが告げる。


「拙僧はミョウガイ。父上はお変わりないか?」

「ミョウガイ……? ま、まさか、明凱様っ?」


 ガイさんの名前、本当はミョウガイっていうんだ……。


「うむ。十年ぶりに帰ってまいった」

「しょ、少々、お待ちくだされ……っ!」


 慌てて駆けていく男性。

 しばらくすると、数人を連れて戻ってきた。


「明凱っ!」


 その中の一人、白髪のおじいちゃんが猛スピードで駆けてくる。

 軽く七十を過ぎてそうなのに、かなり体格がよく、しかもめちゃくちゃ元気そうだ。


「父上!」

「明凱っ!」

「父上~~っ!」

「明凱~~っ!」


 親子の感動の再会、と思いきや、


「このバカ息子があっ、何年もどこ行っとったんじゃ、ワレええええええええ」っ!」


 直前で大きく跳躍した老人の足裏が、ガイさんの顔面に突き刺さる。


「ぶごほっ!?」


 吹き飛んで地面をのた打ち回るガイさん。

 一方、老人は軽々着地を決めると、追いついてきた他の男性から薙刀を奪い取って、


「このわしが直々に貴様をあの世に送ったるわあああああああっ!」


 や、やばい!

 ガイさんが殺されちゃう!?

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