第330話 不徳の致すところ
「お、お館様っ! 落ち着いてくだされ!」
「落ち着いてなどいられるか! お寺を破門になった挙句、十年も音沙汰なしで、今更どんな顔してのこのこ帰ってきおったんじゃ! しかも聞いてみれば、修行中の身ながら幾度となく女人と逢引しておったとのこと! この愚か者めがっ!」
ガイさんの父親だというこの屋敷の主人が、めちゃくちゃ怒っている。
家臣の訴えも無視して、薙刀を振り回し始めた。
そのまま息子を斬りつけようとした瞬間、
「っ!? あだだだだだだだだっ!?」
腰を抑えて地面に転がり、激痛を訴え始める。
「だから申したのです! 腰に爆弾を抱えておられるのですから、無茶な動きはおやめください!」
「ぐぬぬぬっ……せっかく自らの手で、こやつに引導を渡せるところやったのに……っ!」
どうやらこのご老人、腰が悪いらしい。
一方、ひとまず命拾いしたガイさんは、その場に平伏しながら、
「……父上。すべては拙僧の不徳の致すところ。申し開きのしようもありませぬ。父上のお心ものままに、処罰していただいても構いません」
「ふん、覚悟だけはできとるようじゃの」
「ただ……しばしの猶予をいただきたく。というのも、拙僧がこの十年で身に着けた力、故郷の危機のために使いたいのでございます」
「なんやと?」
訝しむ老人に平伏したまま近づいたガイさんは、「御免」と言ってから、その手を老人の腰に伸ばす。
「な、なにをっ……これはっ……? 腰の痛みが、引いていきおる……?」
「回復魔法であります」
やがて完全に痛みが取れたのか、老人はすんなりと立ち上がった。
「痛くなくなっておる……」
「はい。こう見えて、腕前には自信があるのです。そして外傷だけではなく、病なども治癒することが可能です」
「……」
「このキョウの都は今、流行り病に侵されているとのこと。拙僧が恥を忍んで故郷に戻ってきたのは、病に苦しむ人々を少しでも救わんため。どうか、そのためにしばしの猶予を」
元々は観光目的だったけれどね。
もちろんそれは黙っておこう。
「……」
ガイさんの真摯な訴えを受け、さすがに今ここで斬り捨てるわけにはいかないと思ったのか、老人は苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、構えようとしていた薙刀を下す。
「お館様……明凱様に、
「っ、まさか、兄上が?」
「は、はい。一週間ほど前から流行り病に……身体中に、イボのようなものができ、悲鳴を上げるほど苦しまれて……見る見るうちにやつれ、医者によればもう何日も持たないだろう、と」
ガイさんのお兄さんが、その流行り病に罹ってしまったらしい。
「今すぐ兄上のところに連れていってくだされ!」
「…………ついてこい」
しばしの沈黙の後、老人がそう小さく告げて、屋敷の奥へと歩き出した。
僕たちはその後を追う。
やがて老人が足を止めたのは、離れと思われる小さな家屋だった。
「他の者にうつらないよう、ここに隔離しておる」
「後は拙僧にお任せを」
ガイさんは一人、家屋の中へと入っていく。
それを見送ってから、老人がこちらを振り向く。
「待っている間、貴公らから話を聞かせてくれぬかの? 見たところ、異国の方々と思われるが……」
治療が終わるのを待ちながら、僕たちは事情を説明した。
「あやつめ、どこに行ったかと思っておったら、西方に……道理で何の噂も聞こえて来へんわけじゃ。いや、あのバカ息子がお世話になっておるようで、申し訳ない」
「いえ、俺たちも彼には助けてもらってますから」
急に丁寧な物腰になったガイさんのお父さんに、アレクさんが首を振る。
「しかし驚きました。まさか、ガイの実家がこんな立派なところだったなんて……」
「ふん、所詮、歴史があるだけの家じゃよ。跡継ぎが病に侵されても、ロクな治癒士も呼ばれへんくらいじゃからの。もっとも、廷内にまで流行り病が蔓延し、薬も治癒士も枯渇しとるような状態では、致し方ないがの。特にわしらのような下層の公家はの……」
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