第65話 里に帰還するのじゃ

 最近かなり暖かくなってきた。

 まだ荒野のあちこちには雪が残っているけれど、一時期の肌を刺すような冷え込みはなくなり、比較的過ごしやすい気温の日々が続いている。


 どうやらこの荒野にも春がやってきたらしい。


「お尻の方はもう大丈夫ですか?」

「え、ええ、お陰様で……」


 エルフの族長、レオニヌスさんはどこか恥ずかしそうに言う。

 一時は歩くのも辛そうな様子だったけれど、完治したみたいでよかった。


「それにしても、この村に来てからお尻が痛くなっちゃう人がいるみたいなんですけど、何が原因に心当たりありませんか?」

「さ、さあ、儂には分かりかねるのじゃが……」


 なぜか目を泳がせるレオニヌスさん。

 そう言えば、フィリアさんも痛そうにしていたっけ。


 ……何かこの村に特有の病気とかじゃなければいいんだけど。

 村長としては原因を究明しておきたいところだ。


「(言えない……ウォシュレットが気持ちよくて、使い過ぎたから痔になったなど……しかも親子ともども……)」

「レオニヌスさん?」

「い、いえ、何でもないのじゃ! ……それよりもルーク殿、この度は何から何まで本当に世話になったのじゃ」


 なんだか露骨に話を変えてきた気がするけど……まぁいいか。


「里の復旧作業が終了したんですね」

「はい。お陰様で、無事に里に帰ることができそうですじゃ」

「そうですか。それはよかったです」


 これでこの冬を一緒に過ごしたエルフたちともお別れか。

 と言っても、村と里は地下道で繋がっているため、いつでも会えるんだけれど。


「地下道は残しておいていいんですね?」

「ええ、ぜひ。我々としても、今後も仲良くさせていただければ嬉しい限りですじゃ」


 それからレオニヌスさんは、少し言い辛そうに、


「それと……実は同胞の中に、これからもこの村で暮らしたいと考えている者がいるようでしての……」

「そうなんですか?」


 予想外の言葉に僕は驚く。


 普段は森で暮らしているエルフたちにとって、この村での生活はやっぱりストレスだろうと思っていたのだ。

 そのせいで、お尻に痛みが出てしまったのかも……なんて考えていたほど。


 でも、中にはこの村を気に入ってくれたエルフもいたのだと知って、僕は嬉しくなった。


「は、はい。もちろん、迷惑がかかるようでしたら、諭して里へ連れて帰るのじゃが……」

「いえいえ、迷惑なんて、そんなことないですよ。見ての通り移住者ばかりの村ですし、住む場所も食料も問題ないです」

「ほ、本当ですかの? では、希望者はこの村に残っても……?」

「ええ、構いませんよ。ぜひ歓迎します」






 そんなわけで、翌日。

 この村への完全な移住を希望する一部を残して、エルフたちが里に帰ることとなった。


 地下道を通って帰還するので、エルフたちは広場に集合している。

 見送りのため、村人たちも大勢集まっていた。


「ルーク殿。同胞を代表し、改めて貴公にお礼を申し上げるのじゃ。そしてこの村がますます発展することを心から願っておりますのじゃ」

「レオニヌスさん、ありがとうございます。どうかレオニヌスさんもお元気で。またぜひ遊びに来てください。いつでも歓迎します」


 レオニヌスさんは族長なので、当然、里に帰ることになっている。


 ……昨晩、レオニヌスさんに貸しているマンションの一室から、「儂は帰りとうない! 帰りとうないのじゃあああっ!」という大声が聞こえてきたと村人たちが噂してたけど、きっと気のせいだろう。


 フィリアさんはどうするのかな?

 族長の娘だし、やっぱり帰っちゃうのかな?


「では皆の者、これより里に帰還するのじゃ!」


 レオニヌスさんはそう呼びかけ、先陣を切って地下道へと降りていった、のだけれど――


 ――しばらく経ってから引き返してきた。


「ちょっ、何で誰も付いて来ぬのじゃ!?」


 そう。

 誰一人として、レオニヌスさんに続く者がいなかったのである。


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