第186話 てめぇは負けたんだよ

 エデル=アルベイルの人生は敗北から始まった。


 まだ彼が八歳のときだ。

 隣接する領地から兵が攻めてきて、領都を含む一帯を奪われてしまったのである。


 領兵を率いて、自ら敵軍を迎え撃った彼の父はあえなく戦死。

 エデルは母とともに命からがら領地から逃げ出したものの、幼少期は過酷な亡命生活を余儀なくされることとなった。


「母上、どうして家に帰ることができないのですか?」

「領地を奪われてしまったからよ」

「なぜ奪われてしまったのです?」

「私たちが弱かったからよ」

「強ければ奪われないのですか?」

「そうよ。強ければ奪われないわ。それどころか奪うことができるのよ」

「強ければ奪うことができる……強ければ……」


 そんな幼き日の経験により、彼は強く決意するのだった。


「私は誰よりも強くなってみせる……っ! そして奪うんだ……っ! もう二度と、奪われないように……っ!」


 十二歳になったとき、祝福の儀で『剣聖技』のギフトを授かった彼は、やがて幼き頃に奪われた領地を取り戻すことに成功する。

 だがそれで満足する彼ではなかった。


 周辺の領地を次々と手中に納め、領地を急速に拡大させていくと、五大勢力の一角にまで上り詰めてしまう。

 そして最大のライバルであったシュネガー侯爵家をも破ると、ついにこの国そのものに手が届くところまできた。


 その間、彼は一度たりとも敗北したことがない。

 傍から見ればどんな不利で無謀な戦いのようであったとしても、例外なく常に勝利してきた。


 ――今日この瞬間までは。





「ば、馬鹿なっ……この私がっ……」


 突如として強くなったラウルの動きに、エデルは付いていくだけでやっとだった。

 速度でも、力でも、相手は今、完全に自分の上を行っている。


 あり得ない。

 一対一で自分が負けるなど……。


 しかも相手は自分の息子とはいえ、まだせいぜい十五かそこらの若造だ。

 同じギフトを持っていると言っても、熟練度には天地の差があるはずだった。


「ぐぅっ!」

「はっ、そろそろ限界のようだなぁっ!」


 相手の速さに、徐々に遅れ始めてきた。

 猛攻を防ぎ切れず、身体のあちこちを斬り裂かれ、血飛沫が舞う。


 敵の攻撃を喰らったことすら、久しぶりのことだ。

 その懐かしい痛みと全身の疲労から、どんどん自分の動きが鈍くなっていく。


「私はっ……負けるわけにはいかんのだぁっ!」

「とっとと諦めやがれ、クソ親父ぃっ!」

「がぁっ!?」


 痛烈な一撃をもらってしまった。

 よろめき、その場に倒れ込む。


 地面に流れ出た赤い血が広がっていく。

 もはや立つこともままならない、深手を負ってしまったようだ。


 それでもエデルの目から闘志が失われることはなかった。

 ボロボロの身体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。


「この国にはっ……私の力が……必要だっ……」

「ああん?」

「周辺国は虎視眈々と、内戦ばかりで停滞を続けるこの国を狙っているはずだ……っ! 我々はいつまでも内輪で争っている場合ではない……っ! 一刻も早くこの国を一つにまとめ上げ、こちらから先に打って出るのだ……っ! 奪われる前に、奪わねばならんっ! あらゆる国を支配しさえすれば、我らが奪われることなどないのだからな……っ!」


 幼い頃、故郷を奪われた。

 今度はこの国丸ごと、それと同じ目に遭うかもしれない。


「はっ、つまりは親父、てめぇならこの国をどんな国よりも強くできるってのかよ?」

「その通りだ……っ! 私の力ならっ……常に奪う側に立つことができる……っ!」

「どの口が言ってんだ」

「っ!?」

「その目でよーく見てみろや、てめぇが率いてきた連中をよ!」


 いつの間にか周囲から戦闘の音が聞こえなくなっていた。

 恐る恐る振り返ったエデルが見たのは、


「なっ……」


 全滅させられた精鋭兵たちだった。


 すでに戦っている者などいない。

 負傷が酷く倒れているか、縄で縛られているか、誰もがそのいずれかだ。


「も、申し訳ありません、エデル様……」

「奴らは、我々の予想を、遥かに超えていた……」


 四将たちですら敗北し、拘束されてしまっている。


 一方、敵兵は数えるほどの負傷者が治療を受けているくらいで、戦いの前とほぼ変わらぬ状態を維持していた。


「てめぇは負けたんだよ、ルークの野郎に。指導者としてな。それが現実だ」

「そ、そん、な……はず、は……」

「敗北者のテメェが誰よりもこの国を強くできる? はっ、ちゃんちゃらおかしいぜ」

「ま、まだ……まだ私は、負けていない……っ! 負けて堪るかぁぁぁぁっ!」


 辛辣な言葉で吐き捨てるラウルへ、エデルは最後の力を振り絞って躍りかかった。

 両者の剣が、凄まじい勢いで激突する。


 ガキイイイイイイイイイイイイインッ!!


「私はまだ負けていないっ! お前を倒しっ、ここにいる全員を始末すれば……っ! 私のっ……私の勝ちだぁぁぁぁぁっ!」


 パキィンッ!


 エデルの剣が真っ二つに割れ、宙を舞った。

 どうやらここまでの激しい戦いで、もはや耐久の限界にきていたのだろう。


「……な」

「残念だったな、親父。てめぇの負けだ」


 己の身を護るものがなくなったエデル。

 ラウルはそのまま容赦なく剣を振り切り――ザンッ!


「があああああああああっ!?」


 周囲に血の雨が降り注いだ。


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書籍版、第2巻が今月7日に発売されます!!

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