第232話 また獣人か
「まさかこんな短期間で、地下にこれほどのものを作ってしまうとは……」
そう驚きを口にするのは、初老の偉丈夫。
ここ王国の北方を治めるカイオン公爵だ。
王国で二つしかない公爵家の一つで、最大の領地を所有している。
ただし領地全体が非常に寒い地域にあって、冬になると都市間の移動すら難しくなるような豪雪地帯だった。
そんな公爵領最大の都市である領都の地下に、鉄道駅なるものが作られたのだ。
彼は今、それを視察しにきていた。
「それにしても未だに信じられぬな。ここから王都まで、このデンシャとやらを使えば、僅か数時間で行けてしまうなど……」
「それなら一度、乗ってみますか?」
「構わぬのか?」
「はい。すでに王都まで線路を敷き終えていますので」
カイオン公爵とやり取りしているのは、この地下空間をあっという間に作ってしまった張本人だ。
「それにしても……ルーク殿は少年であると聞いていたのだが」
どこからどう見ても、そこにいるのは可愛らしい少女である。
「あ、はい。今は事情があってこんな格好をしてますが、男です」
「そ、そうか……」
どんな事情があるのか、カイオン公爵にはまったく想像もできなかった。
ちなみに公爵は知らないが、目の前にいるのはルーク本人ではなく影武者である。
それから公爵は実際にデンシャに乗って、その性能に驚愕することとなる。
僅か三十分ほどで、公爵領の南端の都市へと辿り着いてしまったのだ。
「こ、ここは確かに、キリエの街だ……っ! 本当にこんな短期間で移動してきたというのか……?」
その街並みを見回しながら、公爵は呆然と立ち尽くす。
「しかも地下を移動するということは、雪の影響も受けぬということ……これなら、冬の間も使うことが可能だろう。これだけの早さで、大量の人と荷物を一年を通して運ぶことができる……途轍もないな……。国王陛下が国中にこれを展開させようとされるのも当然だ」
間違いなくこの国に、そしてこの領地に、多大な恩恵をもたらすことになるだろう。
公爵と言え、領地のことを思えば、この流れに抗うことなどできない。
「(王家は中央集権化を目指しているという。その布石でもあるのだろう。確かに第二のアルベイルを出さないためにも、必要な措置ではあるが)」
代々このカイオン公爵家は、王家と友好関係を保ってきた。
よほど領地にとって理不尽な要求でなければ、今後も王家とは上手くやっていくつもりではあった。
「(果たしてこの先に、どのような未来が待っているか……。我が公爵家にとっても今が大きな転換点と言えるだろう)」
それから再び領都へとデンシャで戻ろうとしたが、
「帰りはもっと簡単な方法にしますね」
「なに?」
次の瞬間、公爵の目の前には、見慣れた彼の居城があった。
「瞬間移動です」
「……デンシャ要らないのでは?」
公爵が呻くように言った、そのときだ。
「くそっ! 放せ!」
「動くな! 大人しくついてこい!」
何やら騒がしい声がして振り返ると、罪でも犯したのか、捕縛された誰かが兵たちによって連行されるところだった。
よくよく見てみると、抵抗して騒いでいるのはまだ若い少女である。
「また獣人か」
カイオン公爵は溜息を吐いた。
「獣人?」
「もしかして初めて見るのか。獣のような耳が付いているだろう?」
「確かに……」
「あれと尻尾が獣人の最大の特徴だ。奴らはこの公爵領のさらに北に棲息していて、村や街を襲っては略奪を繰り返している。長年、我が領地が悩まされている問題だ」
ここ公爵領は、王国にとって獣人族の侵略を防ぐ防波堤のような役割も果たしていた。
王家から対アルベイル軍の協力を要請されながらも、すんなりと応じられなかったのは、万一に備えて領兵を動かすことが難しかったためでもある。
東西に広く伸びる広大な領地を、いつどこから襲ってくるか分からない獣人族から護るのは、簡単なことではないのだ。
「高い身体能力を持つ獣人を捕まえるのは難しい。それでも運よく捕まえた場合は、連中の情報を知るためにも、ああして必ず城へ連れてくるようにと命じてあるのだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます