第369話 何かの幻覚か

 ゼルスは決して恵まれた人間ではなかった。


 生まれは帝国の下級貴族の家。

 貴族と言っても末端ともなると、裕福とは程遠い。


 ロクな領地など持っていなかったため、宮中に務める父の少ない給金だけが収入源で、貴族としての最低限の見栄えを整えるだけでも精一杯だった。


 ゼルスは長男だったが、宮中での権力闘争によっては、吹けば飛ぶような爵位などあっさり失われてしまう。

 将来的な貴族の地位すらも決して安泰ではなかった。


 ましてや、陞爵して宮中の要職に就ける可能性などゼロに等しい。


 だがそんな彼の灰色の人生が一変したのが、ギフトを授かる祝福の儀式だった。


 ゼルスが手に入れたのは、『豪運』というギフトだ。

 その名の通り、強烈な幸運を呼び込むこのギフトのお陰で、彼は出世の街道を駆け上がることとなった。


 やがて妹が皇帝の后となり、継承権を有する息子が誕生。

 気が付けば、幼き甥を皇帝の座に就けることに成功し、彼は大臣として己の意のままにこの国を操ることができるようになっていた。


「そうだ……この私には『豪運』のギフトがある……っ! 今まで一見ピンチに思えるような状況であっても、その先にはさらなる成功があった! 今回もそのパターンに違いない……っ!」


 まだ完全には修理が済んでいない機竜を持ち出し、侵入者たちと対峙しながら、彼は自らの勝利を信じて疑ってはいなかった。


「ここでスルダンを抹殺し、やつらにその罪を擦り付けてやればよい! そうすれば私はこの国の英雄だ! 新たな皇帝の座に君臨するに相応しい存在となる……っ! くふふっ……ふははははっ!」


 驚くことに必殺の魔力レーザーを盾で防がれてはしまったものの、彼はいたって冷静なままだ。


「だが何発も防げるはずがない。今度こそ終わりにしてやろう」

「こんにちは」


 そのとき突然、背後から聞こえてきた声。

 振り返った彼が見たのは、侵入者の一団にいた一人の少年だった。


「へ? ~~~~~~っ!? な、なななな、なぜここに!?」


 絶対あり得ない状況に、ゼルスは心臓が止まるかというほど驚愕する。


 この操縦席は、一度中から鍵をかけてしまえば、完全に出入りができなくなる仕組みになっているのだ。

 敵が入り込むなど想定外にも程がある。


「巨人兵の操縦席と違って、スペースが空いてたから」


 意味不明なことを言う少年に、ゼルスはますます困惑してしまう。


「あ、でも、このままだと機竜が装備品扱いになっちゃって、外に連れ出せないのかな?」

「っ……貴様っ、どうやってこの場所に入ってきたあああっ!」


 ゼルスは混乱しながらも、ほとんど直感的に身体が動いていた。

 身体を固定していたベルトを外して座席から立ち上がると、少年を排除するべく自ら躍りかかったのだ。


 普段からロクに運動もしていないゼルスは、大の大人とは思えないほど体力に乏しい。


 だが相手は皇帝スルダンとそう大差ない子供だ。

 いくら非力なゼルスであっても捻じ伏せられるはずだった。


『豪運』のギフトの恩恵もあってか、ゼルスが突き出した拳はほぼ完璧な軌道を描いて、少年の顔面に直撃する。


「痛っ……くはないや、影武者だし。よし、捕まえた」

「っ!?」


 少年は一瞬顔を顰めたものの、すぐに何でもなかったかのように呟き、ゼルスの腕を掴んできた。


「座席から立ってるし、この状態ならいけるかも?」


 次の瞬間、周囲の光景が切り替わった。


 今の今まで操縦席の中いたはずが、どういうわけか目の前に巨大な機竜が見える。

 そして侵入者たちに取り囲まれていた。


「上手くいったみたいだ。やっぱりちゃんと座っているかどうかで判定が分かれるんだね」

「ど、どうなっている!? 何かの幻覚か!?」

「幻覚じゃないよ。瞬間移動で外に連れてきただけだよ」


 声を荒らげるゼルスに、少年はまたしても意味不明なことを告げたのだった。

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