第89話 気に入ったみたいっすよ
「~~~~♪」
その魔物は満足していた。
まさか、こんなに素晴らしい土があったなんて。
栄養が豊富で、全身に力が漲ってくるようだ。
それだけでなく、なんとも居心地がよい。
先程までの怒りが嘘のように消えていく。
もはや何のためにここまで来たのかも、完全に忘れ去ってしまった。
しっかりと根を下ろして、気持ちよさそうに枝葉を揺らす。
「~~~~~~~~♪」
この心地よさを知ってしまったら、もう離れることなどできないだろう。
彼はこの場所に定住することを決めたのだった。
◇ ◇ ◇
「ち、近づいても大丈夫かな?」
「気を付けた方がいいわ。罠かもしれないし」
「ツリードラゴンにそこまでの知能はないはずだが……」
なぜか畑の真ん中から動かなくなってしまったツリードラゴン。
今は普通の大樹にしか見えない。
僕たちは物見塔から降りて畑までやってきたけれど、襲い掛かってくる気配はなかった。
「~~~~♪」
時折さわさわと枝葉を揺らす様は、何となく心地よさそうにも見える。
「うわっ? 何っすか、この大きな木っ! こんなとこになかったはずっすよね?」
「ネルル。ごめんね、地下に避難してたのに、わざわざ来てもらって」
そこへおっかなびっくりやってきたのは、『動物の心』というギフトを持つネルルだ。
普段は牛や鶏などの家畜の世話をしてもらっている。
「気にしないでほしいっす! ええと、それでうちに何の用すっか? ツリードラゴンはどうなったっすか?」
「それがこの木なんだけど」
「へ? ……えええええええっ!?」
慌てて二、三歩後ろに下がるネルル。
「なぜかこの場所に来た途端、動かなくなっちゃったんだ。ネルルなら何か分かるかなと思って」
「いや、うちは動物の心は分かっても、木の気持ちは分からないっすよ……」
そう言いながらも、ツリードラゴンを観察するネルル。
するとしばらくして、
「何となくっすけど……この畑の土が気に入ったみたいっすよ!」
「分かるんだ?」
「いえ、あくまで何となくっす! 家畜たちみたいにはっきりと伝わってくるわけじゃないっす!」
正直ダメ元だったけれど、どうやら無駄ではなかったみたいだ。
ツリードラゴンは植物というより魔物で、動物に近いからかもしれない。
「~~~~~~~~♪」
メルルの言葉を肯定するかのように、ツリードラゴンは楽しげに枝葉を揺すっている。
いつの間にか、侵入者感知の反応もなくなっていた。
敵対的な存在じゃなくなったってことだろう。
「ええと、別にここにいてもいいけど、人を攻撃したりしないでね?」
「~~~~♪」
「分かったって言ってるみたいっす!」
随分と物分かりが良い。
と、そこへ頭上から何かが落ちてきた。
「木の実……?」
ただ、めちゃくちゃ大きい。
僕の頭くらいのサイズはあるだろう。
「ツリードラゴンの木の実か。栄養価が非常に高くて滋養強壮に効き、食べ続ければ老化も防いでくれるという希少なものだ」
「これを手に入れるために大金を費やし、国の財政を傾けてしまった王様がいるほどよ」
思ったよりすごいもののようだ。
「もしかしてくれるの?」
「~~~~♪」
お近づきの印、というやつらしい。
「ありがと。ありがたく貰っておくよ」
「~~~~♪」
「また実ができたらあげるから取りに来てって言ってるっす!」
そんなこんなで、村に新たな仲間(?)が加わったのだった。
……一応、無闇に近づいたりしないよう、みんなにしっかり周知しておかないとね。
ひとまず村の危機は去り。
朝食がまだだった僕は、いったん家へと戻った。
「では、すぐに作りますね」
「うん。よろしくね、ミリア」
あれ?
そう言えば僕、騒動の前に何してたんだっけ?
何かミリアに大事なことを言わなくちゃいけなかった気がするんだけど……。
……まあ、いいか。
そのうち思い出すだろう。
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