第252話 神への冒涜に外ならん

 王家直轄領のすぐ北に位置する都市アレイスラ。

 そこはアレイスラ大教会による自治が許されている特別領だ。


 王国中の教会を束ねるこの大教会の権威は強い。

 それもそのはず、ギフトを授かるためには、必ず教会に所属する神官から祝福を受ける必要があるためで、王家や有力諸侯でも大教会に逆らうことは難しかった。


「一体どういうことだ? なぜ誰一人として戻ってこない?」


 そう苛立ちの言葉を吐き出すのは、その大教会のトップに立つ教会長アルデラである。


 歳は六十代半ば。

 二十年近くも教会長の座に就き、権力を恣にする彼は、立ち上がるのも億劫なほどの肥満体を煌びやかな祭服で包み、一日の大半を豪奢なソファに座って過ごす。


 身の回りことはすべて、自ら選りすぐった若くて美しい侍女たちに任せている。

 自身は目の前に常備されている料理をクチャクチャと食べながら、時折、部下に指示を飛ばすだけだ。

 太るのも当然だろう。


 とても神に仕える者とは思えない自堕落ぶりだが、大教会の頂点に君臨する彼を、誰も諫めることなどできない。


 そんな彼が今もっとも懸念しているのは、旧アルベイル領北部の荒野にある村のことだ。

 もはや村と呼ぶには到底相応しくない巨大都市と化しているそうだが、そこでは非公認の、すなわち異端の教会が存在し、誰彼なく勝手にギフトを授けているとの噂があった。


 教会が認知していない多数のギフト持ちが生まれているとなれば、村の急成長ぶりにも頷ける。


 ギフトは強大な力を人に与える。

 ゆえに諸刃の剣だ。


 万一、悪人が強力なギフトを手にしてしまったとしたら、大変なことになってしまう。

 そのため教会がしっかりと管理し、祝福を与える対象を制限しなければならない。


 ……というのは、ただの建前。


 最大の理由は、祝福の価値を高めることで、多額の献金を集めるためである。

 金のない平民にまで祝福を授けていては、それを正当化できなくなってしまう。


 もちろん貴族たちにとっても、平民にギフト持ちが増えないことは利点が大きい。

 教会のやり方に異を唱える者はほとんどいなかった。


 そんな彼ら教会にとって、もし非公認の神官がギフトを与えているのだとしたら、看過できるはずもない。


 しかし幾度となく潜入調査を試みているのだが、調査に行った者たちが、今のところ一人も戻ってきていないのだ。

 それどころか、何の報告も上がってきていない。


「どいつもこいつも何をしている? まともに報告すら寄越せぬとは……」


 ふーふー、と鼻息を荒くしながら、豚のような身体を揺らして憤る。


「ええい、こんなまどろっこしい真似はやめだ! なぜたかが村ごときに慎重になっているのだ! 真正面から堂々と村を強制捜査してしまえばいいではないか!」


 ちまちまと潜入調査などさせていたのがそもそも間違いだったと、アルデラは今さらながら考え直す。


 幾つもの信じがたい情報が寄せられていたため、その村のことを警戒し、下手に刺激を与えないようにしていたのだ。

 だがこちらは王家や有力諸侯すらも平伏す、アレイスラ大教会なのである。


「何を怖れる必要がある! 我がアレイスラ大教会に楯突くことなど、何人たりともできぬのだ! ましてや非公認の神官の存在など神への冒涜に外ならん! 絶対に排除せねば! おい、 カインを呼んでくるのだ!」

「は、はい……っ!」


 アルデラの命令を受け、侍女が慌てて部屋を出ていく。

 ものの数分で、四十代半ばほどと思われる男がやってくる。


「お呼びでございますか、教会長?」


 アルデラの前に跪いたのは、彼が右腕として用いている上級神官の一人、カインだ。

 厳つい顔立ちの禿頭で、神官というより、むしろギャングの構成員のような印象を受ける男である。


「カイン、かの荒野の村を隅から隅まで調査してくるのだ! もし異端の教会や神官が見つかれば、即刻、叩き潰せ!」

「はっ、ご命令の通りに」


 こうしてアレイスラ大教会は大々的に調査団を、荒野の村へと送り込むことになったのだった。

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