第193話 初心なんだからぁ

「んまぁ! アナタがここの村長さんなのっ? ああん、なんて可愛らしいのよ~っ!」


 彼女(?)は僕が名乗り出ると、目を輝かせて大きな身体をくねくねさせた。


「そ、村長、危険です!」

「近づいてはいけません!」


 衛兵たちが青い顔で止めてくるけれど、僕は「大丈夫だから」と彼らを制する。


「んもう! アタシをオーガか何かと勘違いしてるのかしら! アタシの名はゴリティアナ! 正真正銘の女の子よ! 気安くゴリちゃんって呼んでね♡」

「ええと、ゴリちゃん?」

「はぁい、ゴリちゃんよ~~ん♡♡♡」


 ……何だろう、凄く疲れる。


 だけどまぁ、悪い人ではなさそうだ。

 だいたい何か良からぬことを企んでるなら、こんな目立つ格好なんてしない。


 相変わらずセレンや衛兵たちは警戒してるけど。

 たぶん、この世界にはまだこうしたタイプの人が少なく、今まで会ったことがなかったからだろう。


 さすがにここまでのインパクトはなかったけど、それでも前世でこの手の人はそこまで珍しくなかった。

 僕は努めて冷静さを保ちながら問う。


「それで、ゴリちゃんは何のためにこの村に?」

「あらん、ちゃんとアタシの話を聞いてくれるのね! 素敵っ! さすがはこれだけの村を作り上げた村長さんねぇ! アタシ惚れちゃうわ!」

「そ、それはどうも……」


 それにしてもこうして目の前で見ると、ゴリちゃんの筋肉は半端じゃない。

 最近は村にマッチョが増えていて、衛兵たちだって十分ムキムキになっているけれど、ゴリちゃんと比べたら全然だ。


 しかも自力でここまで鍛え上げるなんて……。


「アタシは見ての通り、〝美〟の伝道師なの!」

「美の伝道師……」


 ああ、筋肉美のことかな?

 と思ったけど、どうやら違うらしい。


「女の子はもっと綺麗で美しくないと! ただひたすら、その信念を追求するためだけに生きてきたわ! その努力のかいもあって、アタシはまさに美を体現する存在となったの!」


 ……たぶんツッコんではいけない。

 僕は頑張って耐えた。


「だけど今度は、これをもっとたくさんの女の子たちに伝えていきたい! そう思ったのよ! だから今は各地を旅しながら、行く先々で女の子たちを綺麗にして回っているの! そんな折、この荒野の村の噂を聞きつけたってわけ!」

「そ、そうなんだ……」


 とても高い志だと思う。

 うん、それ以上はノーコメントで。


「馬鹿を言うな! 貴様のどこが美を体現している!」

「だいたいお前は男だろう!」


 衛兵たちが声を荒らげた、その瞬間だった。

 恐らくは禁句だったのだろう。



「誰がっ……男だゴルアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



 ゴリちゃんがブチ切れた。

 思い切り叩きつけられた右足の衝撃で、大地に巨大な亀裂が走る。


 耳がキンとなる中、ゴリちゃんは戦慄しているその衛兵に躍りかかった。

 さっき禁句を口にした衛兵だ。


「うふふ……アタシ、どこからどう見ても乙女よねぇ……?」


 衛兵の顔をその大きな両手でがっしりと包み込んだかと思うと、鼻先がくっ付いてしまうほどの至近距離から問うゴリちゃん。

 にっこりと笑みを浮かべているけど、その目はまったく笑っていない。


「ひいいいいいっ!?」


 屈強な衛兵が、ゴリちゃんと並んだらまるで子供だ。

 がくがくと腰を震わせながら怯える彼に、ゴリちゃんは今度はゆっくりと問う。


「お、と、め、よ、ね?」

「ひゃ、ひゃいっ……お、おとっ……おとっ……おとめでしゅっ!」

「うふ、よくできました、チュッ♡」

「~~~~~~~~~~っ!?」


 あ、衛兵が気を失った……。


 ゴリちゃんにキスされて――しかもマウス・トゥ・マウスだ――衛兵が白目を剥く。


「あら? アタシのキスで興奮して気絶しちゃったの? うふふ、初心なんだからぁ」


 くねくねと腰を振るゴリちゃん。

 どう考えても興奮して意識が飛んだわけじゃないと思う。


 ……なんだか、とんでもない人が村に来ちゃったな。

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