第66話 あんなところで暮らせというのか

「あれ? どういうこと?」


 なぜかレオニヌスさん以外に誰も地下道に降りていこうとしなかったので、僕は当惑した。


 僕はその場から動こうとしないエルフたちを見遣る。

 彼らは口々に呟いていた。


「いや、そりゃそうだよな……」

「うん……」

「やっぱり誰も帰ろうとしないか……」


 全員で示し合わせてレオニヌスさんにドッキリを仕かけた、という感じではないよね。

 彼ら自身少し戸惑いつつも、「予想通り」といった反応だ。


「ちょっ、何で誰も付いて来ぬのじゃ!?」


 しばらくして、後に誰も続いていないことに気づいたのか、レオニヌスさんが戻ってきた。


「族長、当たり前です」

「なに?」

「希望者はこの村に残ってもいいというのなら、全員が残るに決まっているでしょう」


 エルフたちが一斉に主張し始めた。


「だって里と違って食事は美味しいし……」

「安全で、魔物の侵入に怯える心配はないし……」

「いつでもお風呂に入れるし……清潔だし……」

「村の中が全然臭くないし……」

「家の中は暖かいし……気持ちのいいベッドもあるし……」

「水もお湯も使い放題だし……」

「村長はかわいいし……」

「どう考えても里より圧倒的に快適だし……」


 里との格差を突き付けられて、レオニヌスさんは「ぐはっ」と血を吐くような声を上げてよろめく。


「そ、それはそうじゃが! それでもあそこは先祖代々が暮らしてきた場所! 愛着があるじゃろう!」

「愛着だけで乗り越えられるような差じゃないっていうか……」

「だよな。この村の快適さを知らなければ、まだ我慢できたかもしれないが……知ってしまった今となっては、もう無理だな」

「あそこには戻れない身体にされてしまったから……」

「ぐぬぬ……」


 レオニヌスさんは縋るような目を、娘のフィリアさんへと向けた。


「……わ、私も皆の意見に同意だ」

「フィリア、お前もか……」


 実の娘にも裏切られて、レオニヌスさんは遠い目になる。

 それから突然、吹っ切れたように声を張り上げた。



「だったら、儂もこの村に残るのじゃあああああっ!」



「いや、さすがに族長が里を離れるのは……」

「うん、そこは先祖に悪いっていうか」

「せっかく復旧させたわけだし」


 仲間外れにされてしまう可哀想なレオニヌスさん。


「何でじゃ!? まさかお主ら、儂一人であんなところで暮らせというのか!?」


 あんなところって言っちゃった……。


「というか、儂だって! 儂だってなぁっ! この村で暮らしたいんじゃよおおおおおっ!」


 レオニヌスさんの心の叫びが木霊する。


「えーと……じゃあ、改めて、皆さんを歓迎しますね……」


 そんなわけで、結局エルフたちはレオニヌスさんも含めた全員が、この村に残ることになったのだった。


〈レオニヌスを代表する238人が村人になりました〉






 こうしてエルフたちが新たな村人になって、しばらくのことだった。


『ルーク村長。東の方から集団が近づいてきているようです』

『東から? 東には山しかないはずだけど……』


 サテンからの念話を受けて、僕は首を傾げる。


 この荒野の東は、標高3000メートル級の山々が連なっていて、北の森と並んで危険な魔境とされている。

 そんな方向から移民がやってくるなんて、ちょっと考えにくかった。


『それが、どうやら普通の人間ではない様子でして』

『というと?』

『もしかしたらドワーフかもしれません』

『ドワーフ?』


 ドワーフというのは、エルフと同じく僕たち人間の近縁種だ。

 背丈こそ人間より低いものの、体格が良くて力が強く、それでいて手先が器用な種族だという。


「ドワーフか。豪放磊落で、細かいことを気にしない無神経な連中だ。平気で他人の領域に土足で立ち入ってくる。それゆえ歴史的に我々エルフとはあまり仲が良くない」


 と、フィリアさんが教えてくれる。

 長く生きているからか、ドワーフにも会ったことがあるのだろう。


 エルフはどちらかと言うと真面目で神経質で、排他的な性格だという。

 生憎、実際の彼らを見ているとあんまりそんなイメージじゃないけど、確かにドワーフとは相性が悪そうだ。


 ともかく、僕はドワーフの集団を出迎えることにしたのだった。

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