第46話 どの家庭にもお風呂があります
昔、一度だけ領都でお会いしたことがある。
間違いない。
ルーク=アルベイル様だ。
「ようこそいらっしゃいました。僕がこの村の村長、ルーク=アルベイルです」
「……わたくしは北郡の代官を務めております、ダントと申します」
私はその場に跪いて、謝罪の言葉を口にする。
「この度はご挨拶が遅れてしまったこと、大変申し訳ございません」
無論、知らされていなかったから仕方のないことなのだが、体裁上というやつである。
ルーク様は優しい笑みを浮かべて言った。
「気にしなくて大丈夫ですよ。それより、皆さんを歓迎いたします。ぜひゆっくりしていってください」
そこからはさらに驚きの連続だった。
まず、見たことのない建物がずらりと並んでいた。
上にも横にも長い、直方体型の建造物だ。
木造でもなければ、石造りでもなさそうだ。
聞けば、ここに村人たちが住んでいるという。
「一応、マンションというらしいです」
「マンション……?」
さらに、村の中が信じられないくらい清潔だった。
このような開拓村では、なかなか下水道など整っていないものだ。
その場合、穴を掘ってそこに糞尿をするものだが、どうしてもそのにおいが辺りに充満してしまうのである。
だがこの村はまるでそんな匂いがしない。
むしろ我がリーゼンの街の方が汚臭がするほどだ。
聞けば、どうやら各家庭に水洗トイレが備え付けられているらしい。
「まさか、しっかりとした下水処理がなされているとは……」
さらに言えば、村人たち自身も清潔だった。
水が不足しがちな開拓村では、お風呂どころか、水浴びすら難しいのが普通で、ゆえに住民たちからも酷いにおいがするもの。
しかし服装こそみすぼらしいものの、村人たちは毎日しっかり身体を洗っているらしく、とても綺麗なのだ。
「どの家庭にもお風呂があります。あと、公衆浴場が二か所」
「各家庭にお風呂……? しかも、公衆浴場が二つも……?」
ただ清潔なだけではなく、村人たちは至って健康そうだった。
あれだけの畑があれば当然かもしれないが、栄養失調になっているような住民は一人も見当たらない。
そして我が精鋭部隊をどよめかせたのが、村長宅に飾られてあった魔物の頭蓋骨だ。
「こ、これはまさか、グレートボア……?」
「あ、そうです。うちの狩猟チームが森で狩ったやつですね」
「グレートボアを狩った……? そ、その、失礼ですが、たまたま死んでいたのを運んできたわけではなく……?」
「はは、僕が自分で見たわけじゃないですけど、違うと思いますよ。鉄の大盾がグレートボアの突進を喰らって、思い切りひしゃげてるのを見ましたし」
私は恐る恐るバザラを見た。
そんな真似がこの精鋭部隊で可能かと、視線で聞いてみる。
すると、バザラは青い顔をして首を左右にぶるぶると振っていた。
「……お、恐らく、ハッタリではないかと……」
「そう願いたいが」
とんでもないところに来てしまったようだと、私は若干の後悔を抱きつつあった。
◇ ◇ ◇
ダントさん一行を案内しながら、ひとまず村の中を一周してみた。
さて、これで一通り紹介すべきところは紹介したよね?
「こんな感じですね」
「る、ルーク様……改めてお伺いしたいのですが……これは本当に、たった半年で作り上げた村なのでしょうか……?」
「あ、はい、そうですよ。僕が半年前にここに来たときは、ただの荒野でしたので」
ダントさんは信じられないという顔をしている。
「ええと、実は僕のギフト『村づくり』のお陰なんです」
「『村づくり』……?」
「はい」
僕はそれから簡単にギフトの力について説明した。
なぜかセレンから「スキルのことや、レベルアップでやれることが増えていくことは黙っておきなさい」と強く言われたので、その点については言わなかったけれど。
「そ、そんなギフトが……なるほど、だからアルベイル卿はルーク様をこの荒野に……?」
「いえ、僕のギフトにこうした力があるのが分かったのは、ここに送られてからです」
もし実家にいる頃に判明していたらどうなっていただろう?
もしかしたら追放なんてされなかったかもしれないけど……今はされてよかったと思っている。
ここでの生活はのんびりしていて楽しいしね。
やっぱり僕は、今のような戦乱の時代に向いてないと思う。
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