第45話 これはもう城壁では
「な、何だ、この畑は……?」
一見するとただの畑のように見えたが、近づいてみてその異常さに気づいた。
どの作物も異様に大きいのだ。
いや、おかしいのは大きさだけではない。
そもそも時季外れの作物が普通になっている。
向こうに見える黄金色の一帯は、恐らく小麦畑だろうが、今はもう冬である。
こんな季節に実る小麦など、この辺りでは聞いたことがない。
だいたいここは作物がまるで育たないはずの荒野なのだ。
なぜ当たり前のように畑が広がっているのか。
しかも果樹園らしきものまで確認することができた。
「それにこの石畳の道……」
馬車が通っている道が、かの有名なアルピラ街道に勝るとも劣らない見事な石畳の道なのである。
座っていてもほとんど振動が来ないほどだ。
これほどの街道が敷かれていれば、領都に行くにももっと快適な旅ができるだろう。
「二重の城壁に加え、この立派な街道……相当な技術力が必要になるのはもちろんのこと、多くの労働力が不可欠のはずだが……」
少なくともたった半年で建造されたようには思えない。
「もしや、ここに城塞都市を設けるため、何年も前から秘密裏に少しずつ建設を進めてきた……? そしてそこへご子息を……?」
そこまで考えて、しかし私は首を傾げた。
この荒野に都市を築くことに、何ら戦略的な意味を見い出せなかったからだ。
だいたい北と東はそれぞれ魔境の森と山に囲まれ、南部はすでにアルベイル領だ。
西方は今まさに二つの陣営が争っている土地であるが、アルベイル卿からすればそれほど欲しい土地ではないはずだった。
やがて我々の乗る馬車は内側の城壁の方へと辿り着く。
門を潜ると、そこで馬車が停止した。
馬車から降りた私を待っていたのは、十を少し過ぎたくらいと思われる少年だった。
◇ ◇ ◇
僕は慌てて露天風呂から上がると、村の入り口へ向かった。
全身がほかほかで、いかにも風呂上りって感じだけど、仕方がない。
内石垣の外に広がっている畑の真ん中、ギフトで作った石畳の道路を、屈強な兵士たちの護衛とともにそれらしき馬車が進んでくる。
あ、そう言えば最近、石垣をすべて高くしたんだよね。
なぜかというと、東に見える山の方から冷たい吹きおろしがきて、めちゃくちゃ寒かったからだ。
高い石垣で村を囲んだことで風を凌げるようになり、随分と温かくなった。
五メートル以上あるので、「これはもう城壁では?」なんて言って、みんな驚いてたけど。
内石垣の門を通ったところで、その馬車は停止した。
中から出てきたのは、四十歳くらいの身なりのいい男だ。
随分と驚いた様子で周囲を見回している。
領地の広いアルベイル領には、全部で二十人を超える代官がいる。
もちろんすべて父上が代官に任命しているのだけれど、その経緯は様々だ。
戦争で奪い取った領地の場合、大抵は元のその地の領主一族は処刑して、代わりに忠実な部下を送って統治させる。
しかし、すぐに降伏して服従を誓ったような領主は、生かされてそのままその地の代官を任されることもあった。
アルベイル領の北部は確か、後者の方だったっけ。
ただし父上の代ではなく、先代の頃にアルベイル領内になった地域のはずだ。
「ようこそいらっしゃいました。僕がこの村の村長、ルーク=アルベイルです」
「……わたくしは北郡の代官を務めております、ダントと申します」
一応、領主の息子である僕の方が身分が上なので、相手が跪いてくる。
「この度はご挨拶が遅れてしまったこと、大変申し訳ございません」
ダントさんはいきなり謝罪してきた。
領主の息子が開拓のためにこの地にやってきたとなると、隣接する地域の代官であれば、普通はすぐに挨拶に来るものだろう。
ただ、今回のこれは開拓とは名ばかりの追放だ。
勘当されたも同然の領主の息子に、わざわざ挨拶しに行く代官はいない。
まさか本当にこんな村を作り上げるなんて、予想だにしなかっただろうし。
というか、そもそも僕がこの場所に送られたことすら知らなかった可能性もある。
「気にしなくて大丈夫ですよ。それより、皆さんを歓迎いたします。ぜひゆっくりしていってください」
隣接した地域を任されている代官のダントさんとは、長い付き合いになるはずだ。
少しでもいい印象を持って帰ってもらいたいと、僕は精いっぱい持て成すつもりだった。
――このときの僕は気づいていなかった。
そんな僕の考えとは裏腹に、うちの村人たちが、ダントさん一行へ強い警戒の眼差しを向けていたことに。
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