第44話 俄かには信じられない
北郡の代官を務める私は、手勢の兵たちの中でも精鋭ばかりを集め、彼らとともに荒野へと向かっていた。
件の荒野の村、いや、街を自ら調査するためだ。
「しかしダント様。なぜダント様ご自身がわざわざそのような荒野の街の調査に?」
不思議そうに訊いてくるのは、その精鋭たちをまとめる隊長のバザラだ。
代々我が家に仕えてくれている彼は、戦闘のギフトも持っており、単身でオークを討伐できるほどの猛者である。
「実は少し気がかりなことがあってな。私自ら赴いた方が良いだろうと判断したのだ」
「気がかりなこと、ですか?」
「うむ。……もしかしたらその荒野の街に、アルベイル卿のご子息、ルーク様がいらっしゃるかもしれない」
「なっ?」
将来的に領地を継ぐことになるのはこの方に違いないと、誰もが思っていた長男のルーク様。
だが祝福の儀の直後に、どういうわけか開拓地送りにされてしまったという。
それはただの噂レベルの話だった。
領主一家からすれば、あまり公にはしたくない内容だからだろう。
だから代官である私も、詳しいことは知らない。
一方、次男のラウル様が同じ儀式で『剣聖技』のギフトを受け継がれたということは、あっという間に領地中に伝えられた。
もしルーク様もそうであれば、ラウル様と同様すぐに全領民が知ることになっただろう。
そうなっていない以上、ルーク様が『剣聖技』を受け継ぐことができなかったのは間違いない。
ただ、それだけで開拓地に送られることにはならないはずだ。
となると、アルベイル家に相応しくないようなギフトを授かってしまったのだろう。
それがどこの開拓地かは分からない。
だがそれがこれから赴く荒野だったのではないかと、私は睨んでいる。
「ただ、そうは言っても、あのような荒野をこの短期間で開拓されたなどとは、俄かには信じられないが……」
まぁ、何にせよ、行ってみれば分かるだろう。
やがてその荒野が見えてくる。
草木すらほとんど生えていない、砂と岩ばかりの大地だ。
しかしそんな荒野のど真ん中に、確かにそれはあった。
「な、何ですか、あれは……?」
バザラが目を丸くしている。
無理もない。報告を受けていた私でも、俄かには信じがたい光景だった。
殺風景な荒野を切り取るように、城壁が延々と左右に伸びているのだ。
私が普段いる都市リーゼンの城壁に、勝るとも劣らない立派な城壁だ。
「どう考えても村ではないな。間違いなく都市だ」
「では、たった半年ほどでこの荒野に都市を作った、と?」
私とバザラは互いに顔を見合わせ、首を傾げるしかない。
そんな真似が不可能なのは、周囲の赤茶けた大地を見ていれば分かる。
とにかく我々はその都市へと近づいていった。
門の近くまでやってきたところで、城壁の中腹に設けられた穴から男が顔を出した。
いかにも荒くれ者といった人相の男だ。
盗賊と言われても納得する。
……まさか本当に盗賊ではないだろうな?
「この
「私はアルベイル領北郡の代官を務めるダントだ。突然の訪問で申し訳ないが、この街……村の代表者と面会させていただきたい」
相手が村と言っているので、一応こちらもそれに合わせておいた。
こんな見事な城壁を持つ村があってたまるか。
この規模の都市となると、しばらく確認のために時間がかかるだろう。
そう思っていたが、一分もしないうちに門が開いた。
どうやら中に入っていいらしい。
「ご安心ください、ダント様。得たいが知れないとはいえ、所詮は辺境の街。我らがいる限り、その身に危険が及ぶことはないでしょう」
バザラがそう自信たっぷりに請け負ってくれる。
「これは……?」
しかし門を潜ったところで、我々は面食らうこととなった。
というのも、そこに広がっていたのは街ではなく、畑だったからだ。
「城壁の内側に農地が……? 城壁が二重に設けられているのか……」
通常、農場などは城壁の外に設けられ、内側は居住地のみとなっているものだ。
言わずもがな、広大な面積を囲む城壁を建造するには、相当な資金と労働力が必要だからである。
「恐らく人が住んでいるのはあの内側の城壁の中だけでしょう。思っていたより規模は小さいようです」
バザラが少し安堵したように言うが、むしろ私はかえって恐ろしくなってしまった。
では一体、どうやってこれだけの城壁を築いたのか、と。
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