第363話 敵じゃなくて本当によかったぜ

 その日、クランゼール帝国に激震が走った。

 それもそのはず、巨大な要塞らしきものが空を浮遊しながら帝都に近づいてきたのである。


 帝都の住民たちは右へ左への大騒ぎだ。

 無論、それは皇帝が住まう宮殿でも同様だった。


「だ、大臣! あれは何なのだ!?」

「要塞……のように見えますな……」

「それは見れば分かる! なぜそんなものが空を飛んでいるのか聞いておる!」


 声を荒らげて問い詰める皇帝スルダンであるが、ゼルス大臣に答えられるはずもない。


 ドドドドドドドドドドドドンッ!!


 爆音が轟いた。

 迫りくる要塞へ、帝国軍が城壁から大砲を放ったのだ。


 的が大きいだけあって、砲弾はすべて直撃している。


「おい、まったく効いておらんぞ!?」


 しかし要塞の外壁は僅かに焼け焦げただけで、ほとんど無傷だった。


 やがてそれは帝都の上空にまで到達してしまう。

 もはやこうなっては、大砲で攻撃することもできない。


 帝国最大の都市であるこの帝都の、五分の一ほどの大きさはあるだろうか。

 それが街の上を飛んでいるのだから、地上は日が暮れたかのように暗くなった。


「ちょっと待て! あいつ、こっちに来るぞ!?」


 その要塞は街の上を飛行しながら、まっすぐこの宮殿の方へと向かってくるのである。

 彼らのいるこの部屋も、皇帝の威光を示すように、かなり高い位置に設けられているのだが、それでも見上げなければならなくなってきた。


「ふ、不愉快だ! 余を見下ろしおって!」


 ズレた怒りを露わにする皇帝を余所に、要塞はついにこの宮殿のすぐ上空までやってくる。


「……止まった?」


 どういうわけか、そこで要塞が停止したのだ。

 彼らの場所から見ることができるのは、石材が敷き詰められたその裏側だけ。


 そのとき要塞の裏側に穴が開いたかと思うと、そこから道のようなものがこの宮殿に向かって延びてきた。

 一本だけではない、少なくとも四本はあるだろうか。


「おい、何かあの道から出てきたぞ!? あ、あれは……兵士ではないのか!?」


 皇帝が悲鳴じみた声を上げる。

 要塞からこの宮殿へ繋がった謎の道を伝って、軍隊らしき一団が降りてきたのだ。


「あの装備は……まさか、ゴバルード共和国の……? 向こうの道はローダ王国の軍……っ? あそこはアテリ王国か……っ!? 一体どうなっている!?」


 それぞれのルートから宮殿に迫るのが、各国の軍隊だと理解して、愕然とするゼルス大臣。

 まさか自分は夢でも見ているのかと頬を抓ってみるも、明らかに痛かった。


「夢ではない……つまり、あの要塞は本当に現実で、この宮殿に各国の軍が攻め込んできたということか……? っ、早急にやつらを撃退せよ! ここは神聖なる皇帝陛下の宮殿である! 異国の人間どもに足を踏み入れさせるなど、許されることではないぞ!」


 慌てて近衛兵たちに指示を飛ばす大臣。

 もちろんとっくに近衛兵は動き出していたが……。



    ◇ ◇ ◇



「まさか、こんなことができるとは……」

「見ろよ、あの帝国軍の連中の鳩が豆鉄砲を食ったような顔……そりゃ、驚くに決まってるような……」

「なにせこんな巨大な要塞が、空を飛んで近づいてくるんだからな……」

「しかも国の中枢に近づいてくるときた……敵じゃなくて本当によかったぜ……」


 そんなことを言いながら、各国の兵士たちが士気高く帝国の宮殿に突入していく。

 要塞から直接、宮殿へと繋げた「橋」が全部で八本あるため、軍団を八つに分けている。


 帝国に直接乗り込むにあたって、各国から少しずつ兵を出してもらったのだ。

 要塞に乗って帝都まで移動するのだと話をしても、最初はどの国も理解ができない様子だったけれど、実際に空飛ぶ要塞を見せると、驚きつつも喜んで協力してくれた。


 少しずつと言っても、全部で五千人ほどの兵力が集まった。

 それにうちの村からも約五百人を加えた戦力が、一気に宮殿へと雪崩れ込んでいくのだから、ほぼ撃退など不可能だろう――人間の兵士だけでは。


「みんな、気を付けてね。宮殿にも何機か巨人兵がいるっぽいから」


――――――――――――

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