第362話 外をご覧ください

「おい、どうだ、あれから戦の方は? ローダとかいう国はもう落としたのか?」

「はっ、皇帝陛下。激しい抵抗に遭ったものの、ついにローダ王国の王都を陥落させることに成功しました」


 クランゼール帝国の皇帝スルダン=クランゼールの前に跪き、新たに最高司令官を任された男が吉報を告げる。


「おおっ! ということは、もはやローダは我が国の領土ということか!」

「その通りです、陛下」


 目を輝かせる皇帝スルダンのすぐ背後に控え、恭しく頷くのはゼルス大臣だ。


「それにしても、やはり前任が無能だったようですな。最強の帝国軍を率いておきながら、敗北を喫するとは」

「本当にそうだな! 殺しておいて正解だったぞ! 逆にこいつは前のやつと違って有能ということだ! 余は有能なやつは好きだ!」

「そのお言葉、この身に余る光栄でございます」


 男は深々と頭を下げるが、実は内心で大いに冷や汗を搔いていた。


「(やべええええええええええっ! 大嘘言っちまったあああああああっ! やばいよな、これ!? 絶対やばいよな!? バレたら殺される! けど、バレなくても殺されるし……)」


 ローダ王国を落としたなどというのは、真っ赤な嘘だった。

 実際にはもう何日も王都を攻略しかねており、むしろ反撃に遭ってこちらの軍が大きな被害を受けているような状況だ。


「(だがそれを伝えるわけにはいかない……前任は真実を報告し、処刑された……)」


 その情報自体、最高司令官である彼のもとには上がってきておらず、独自のルートで調べさせて分かったことだった。

 恐らく軍を率いている将軍も、処罰を恐れて偽りの報告をしているのだろう。


「(なんなら巨人兵が鹵獲された可能性すらあるという……もしそれが真実なら、将軍も私も、一族もろともお終いだ……)」


 状況の深刻さはそれだけではない。

 他の国を攻めている軍も、ここ最近、急にその侵攻が停滞してしまっていた。


「(いきなり巨大な城壁が現れただの、巨人兵でも破壊できないだの、理解不能な報告が多すぎる……っ! 一体、各地の戦場で何が起こっているのだ!?)」


 もちろんそれも報告などできるはずがない。

 皇帝を背後から操り、実質的にこの国を支配しているゼルス大臣にも知られるわけにはいかなかった。


「(この男のことだ……戦場の様子は配下を通じ、報告させているはず……。今はまだ把握前なのか、それとも泳がせているのかは分からないが……。なんとかして、真実がバレる前に、一族を連れてこの国から逃げなければ……)」


 と、そのときである。

 彼の決死の覚悟を根底から覆すような事態が起こったのは。


『さ、最高司令官っ……大変ですっ!』


 彼のもとに入ってきたのは、子飼いの配下からの報告だった。

『遠話』というギフト持ちで、これを使えば遠くにいても会話が可能だ。


 最大で十キロほど離れていても使用できるため、戦場で特に重宝されるギフトであるが、公に知られれば召し上げられかねない。

 それゆえ秘密にしているのだ。


『何だ? 今は皇帝陛下との謁見中だぞ?』

『そ、空からっ……空から巨大な要塞がっ……帝都に近づいてきているのですっ!』

「……は?」


 あまりに荒唐無稽だったため、思わず口に出してしまった。

 それに気づいた皇帝が眉根を寄せる。


「む、どうした、お前?」

「はっ……い、いえ、そのっ……」

『本当です! 外をご覧ください! 見れば分かります!』


 配下の訴えを受けて、彼は一か八かの賭けに出ることにした。


「陛下! 外を! 外をご覧ください!」

「なに? 外がどうしたのだ?」

「世にも珍しいものが見れるはずでございます!」

「ほう? 何か面白いものがあるのか? どれどれ」


 好奇心旺盛な皇帝は玉座から立ち上がると、外を見ることができる場所へと移動する。

 この広大な謁見の間には、幾つか窓があるのだ。


「何でしょうな、陛下。陛下との謁見の途中に申すとは、よほど面白いものなのでしょう」


 そう言いながらゼルス大臣が後を追う。

 そして窓の近くまで来たところで、二人そろってその場に立ち尽くした。


「な、何なのだ、これは……」

「要塞が……空を……飛んでいる……?」


―――――――――――――――――

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