第87話 ほとんど捏造じゃないか
魔境の森の奥深くに、その巨体はあった。
全長がゆうに五十メートルを超すそれは、まさしく森の王者と呼ぶべき存在だ。
何者にも害されることなく、長き年月に渡ってその場にあり続けていた。
普段はほとんど動くことはない。
栄養は常に地面から吸収しており、いつもまるで眠っているかのように静かにしている。
『……』
それがふと、何かを感じ取ったように巨大な身体を揺らした。
自分のテリトリーの中に、何者かが侵入してきたような、そんな不快な感覚。
にもかかわらず、周囲にそれらしき気配は見当たらない。
何千年にもわたって森の頂点に君臨してきた彼は、不快と同時に初めて危機感らしきものを覚えた。
すぐに排除しなければ、自らの存在を脅かされかねない、と。
ズズズズズズズズズズ……。
目覚めた巨体がゆっくりと動き出す。
向かうのは森の南方だ。
何となくだが、そちらにこの不快の原因がある気がしたのだ。
周囲の木々を薙ぎ倒し、逃げ惑う魔物や動物など意にも介さず、彼は悠然と魔境を縦断していった。
◇ ◇ ◇
建村記念日ということで、その後は盛大に祝賀会が行われた。
祝賀会と言っても、いつものように飲んで食べて騒ぐだけだ。
もちろん酔うと性格が激変してしまうドワーフたちには、地上ではなく地下で飲み食いしてもらった。
そして翌朝。
多くの村人が夜遅くまで飲み過ぎてぐっすり眠っている中、僕はいつもの時間に起床していた。
お酒飲んでないし、普段通りに寝たからね。
「……読むのは怖いけど、一応確認しておかないと」
家の庭に設けたベンチに座って、僕はこっそりミリアから拝借したその本の表紙を眺めていた。
やたらと凝った装飾の本だ。
ずっしりと重たく、かなりの分量があることが察せられる。
表紙に大きな文字で書かれているのは、『ルーク様伝説』。
そう、建村記念の一環として、ミリアが勝手に作っていた書物だった。
「ていうか、タイトルがダサい! 直球過ぎるし!」
こんなものが量産されて、大勢の人に読まれたら最悪だ。
でも、トトルが頑張って書いてくれたって言うし、捨てるわけにもいかない。
ともかく、念のため中身をチェックしておこう。
さすがに事実じゃないことを書いたりはしていないだろう。
……うん、甘かった。
事実じゃないことは書いてないどころか、事実じゃないことばっかり書かれてた……。
特に酷かったのが、僕の発言だ。
『確かにここには何もない。でも、だからいいんじゃないか。だって、すべてを自分の手で作り上げることができるんだからね』
『キングオーク! お前の運の尽きは、僕の村を襲ったことだ! 喰らえ! ビルディングプレスッッッ!!!』
『生まれや年齢性別、それに種族だって、ここでは一切関係ない。みんな僕の大切な村人――家族なんだから』
「何だよ、これ……ほとんど捏造じゃないか……」
明らかに言った覚えないし、僕のキャラから十割増しで気障だった。
ていうか、技名を勝手に付けないで!
「やっぱりこれが量産されたら堪ったものじゃない。ミリアに言って、やめさせないと……」
と、そのときだった。
僕の侵入者感知スキルが、途轍もない警鐘を鳴らしてきたのは。
このスキルは、村の中に悪意や敵意を持った存在が入ってきたときに自動で反応する。
それは人だけでなく、魔物でも察知することが可能だ。
ただ、最近は村の範囲が広くなり過ぎて、常にどこかで反応し続けるような状態だった。
魔境の中なんて魔物がたくさんいるのだから当然だろう。
だから範囲を制限していて、北の方だと魔境のほんの入り口くらいまでにしておいたのだけれど、今その範囲内に何かが入ってきたのだ。
「しかもこの反応の強さ……もしかして、キングオーク以上……?」
戦慄を覚えながら北の方を見遣った僕は、見てしまう。
この場所からでもはっきりそれと分かるくらい、魔境の木々より遥かに大きな存在を。
「……ど、ドラゴン……?」
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