第88話 あれはドラゴンではない

『そ、村長、大変です! 魔境の方から巨大な魔物が……っ!』


 サテンから念話越しに悲鳴のような声が届く。


『す、すぐにみんなに知らせて!』

『わっ、分かりました!』


 幸い僕が本を読んでいる間に、村人たちはほとんど起き出していたみたいだった。

 あの大きさだし、すでに気づいている人も多いと思う。


「こっちに向かってきている……っ!」


 階段を駆け上がって物見塔の頂上に辿り着いたときには、魔境から悠然と這い出してくるところだった。


「蜥蜴のような流線型の巨体……間違いない……ドラゴンだ……」

「いや、あれはドラゴンではない」

「えっ?」


 後ろからの声に振り向くと、フィリアさんがこちらに歩いてくる。


「ドラゴンじゃない……? でも、見たところドラゴンにしか見えませんけど……」

「名称はツリードラゴン……確かにその名にはドラゴンとあるが、実際にはトレントなどの植物系の魔物の一種だ。ドラゴンに擬態している、と言えばいいだろう」

「なるほど、擬態……」


 どうやら見た目こそドラゴンにそっくりだけど、その身体は完全に木でできているらしい。


 確かに目を凝らしてみると、身体の表面は木肌になっていて、しかもあちこちから葉っぱらしきものが生え茂っている。

 目の部分には眼球がなく、木の洞のようにただぽっかりと穴が開いているだけだ。


 ただ、ドラゴンではないと分かったところで、村の危機が去ったわけではないようで、


「しかしあの巨大さ……恐らく魔境の奥地に遥か昔から存在している個体だろう。魔境のボスと言っても過言ではない。それがなぜ森からこの荒野に……」


 ツリードラゴンはトレントなどと同じで、基本的にその場からほとんど動かないという。

 栄養も地面から吸収しており、ドラゴンと違って、自ら獲物を探し回って喰らうといったことはしない。


 ただ、テリトリー内に入ってきた存在には容赦なく攻撃するという、狂暴な側面もあるそうだ。


「か、完全にこっちに向かって来てますよね」

「マズいな……戦えない村人たちは早急に地下に避難させておくべきだろう。そして場合によっては、我々も避難することを考えなければ」


 僕は物見塔の上から村中に呼びかける。


「みんな急いで地下へ入ってください! すぐに魔物が村まで到達してしまいます!」


 そこへ少し遅れて今度はセレンがやってきた。


「ちょっと、どうするのよ、あの魔物。さすがに私たちでも荷が重いわ。ノエルが突進を受け止めようにも、身体ごと吹き飛ばされちゃうわよ」


 そうこうしている間にも、ツリードラゴンは荒野の半分を走破していた。

 巨体の割に意外と速い。


「僕に任せて」


 僕は村を護るように巨大な石垣を出現させると、それをカスタマイズで操作。

 二足歩行で屹立し、ツリードラゴンにも劣らない巨大ゴーレムを作り上げてみせた。


「さあ、いけ、ゴーレム!」


 迫りくる巨体を受け止めようと、ゴーレムが真正面から迎え撃つ。


 だけど次の瞬間、ゴーレムの足元から木の根っこのようなものが生えてきたかと思うと、その巨体を縛り上げる。

 そうして身動きが取れなくなったゴーレムの脇を、ツリードラゴンは悠々と通り抜けてしまった。


「ちょっ……そ、それなら、もう一体を!」


 慌てて新たな一体を出現させようとしたとき、ツリードラゴンの眼球のない目の部分がこっちを向いて、


「オアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 凄まじい咆哮が轟く。

 それに戦慄を覚えながら、僕は直感した。


 今、僕の方を見なかった……っ!?

 もしかして狙いは僕……?


 その間にも、ツリードラゴンは荒野と畑を隔てる外石垣へと辿り着いていた。

 そのままあっさりと石垣を粉砕して、畑へと侵入してくる。

 よかった、あの辺は収穫直後なので農作物が荒らされる心配はない……って、今はそのことに喜んでいる場合じゃないよ!


「オアアアアアアアアア―――ア……?」

「……む? どうしたのだ?」

「急に動かなくなったわね……?」


 このままでは村が蹂躙されてしまう、と必死に撃退の方法を考えていると、どういうわけかツリードラゴンが畑の真ん中で立ち止まっていた。


「……こっちに来ない?」


 その後も警戒して様子を見続けても、ただの大樹と化してしまったかのように、ツリードラゴンは一向にその場から動かなかった。


「どういうこと?」

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