第94話 大きめに作っておきました

 アルベイル卿のご子息であるルーク村長は、予想とはまったく違う人物だった。


 貴族特有の傲慢さはまったく感じられない。

 それどころか俺が粗野な言葉を使っても、まるで気にする様子がなかった。


 この戦乱の時代には似つかわしくない、穏やかで優しそうな少年なのである。

 一体どうやったらこんな風に育つのだろうか。


 そしてうちの最年少娘のハゼナなんかより、よっぽどしっかりしている。

 まぁその辺は貴族として英才教育のお陰かもしれないが。


「ダンジョン!? この村の近くにはダンジョンもあるのか!?」

「はい。つい最近、発見しまして」

「魔境にダンジョン……もはや冒険者にとっての聖地じゃねぇか……」


 そのルーク村長から聞いたのは、ダンジョンの存在だ。

 魔境を目当てにやってきたのだが、それ以上の掘り出し物を見つけてしまったようだ。


 しかもどうやら村の中にあるらしい。

 そんなわけで村長に案内されて村の中を進んでいると、驚くべき光景と遭遇した。


「おいおい、あれはエルフじゃねぇか?」

「はい、エルフの皆さんもこの村の一員なんです」

「マジか……今はもう人間との交流を完全に絶って、秘境に隠れ住んでるって話だってのに……」


 そのエルフが人間と談笑していたのだ。

 あまりにごく自然に溶け込んでいたので、最初は「何かやたら美人がいるな」と思ったくらいで、まったく気づかなかったほどである。


「ドワーフもいますよ。基本、地下にいるのであまり出てこないですが」

「ドワーフもだと!?」


 いや、それより地下にいるってどういうことだ……?

 この村には地下も存在しているのか?


 そして村も住民も異常なほど清潔だった。

 俺は冒険者として色んな街を回ってきたが、ここまで綺麗なところは見たことがない。

 大抵は糞尿やゴミが道端に落ちてるもんだからな。


 何でもこの村には各家庭に風呂と便所があるらしく、さらに公衆浴場なる施設も建てられているのだとか。

 そもそも家を持たない人間がいない街が珍しいのだが、なんとこの村に浮浪者は一人もいないらしい。


「移住者ばかりの村ですが、住む場所を必ず提供していますので」


 そんなに簡単に提供できるものではないはずなのだが……。


 そうして連れていかれた場所にあったのは、謎の巨大建築物だ。


「ってことは、これが宿!? 随分と馬鹿デカいが……」

「はい。あ、と言っても、ここは皆さんのようなダンジョンを攻略する方々専用です。今後を見越して、大きめに作っておきました」


 しかも各部屋には風呂と便所が完備されているという。


「す、凄いじゃない! むしろここに住みたいくらいなんだけど!」


 それを聞いてハゼナが目を輝かせた。

 魔境やダンジョンに近い宿というのは、基本的にあまり設備が良くない場合が多い。


 魔物に襲われ、破壊されることがあるからな。

 ちゃんとした宿が近くにあるのは、よっぽど領主によってしっかりと管理されているダンジョンくらいだろう。

 そして現在、この国でそういったダンジョンは非常に希少だ。


 ダンジョンの入り口は宿と目と鼻の先だった。

 というか、ダンジョンの周囲を宿が取り囲んでいるような状態だ。


 これではいつ中から魔物が出てきて、村を襲うか分からないぞ。

 そう思ったが、村長が言うには問題ないらしい。


 それにしてもさっきから驚かされてばかりだな。

 だが最大の驚きがもたらされたのは、ここからだった。


 なんとこの村では、たったの金貨一枚で祝福が受けられるというのだ。


 半信半疑で教会らしき建物へと連れてこられた俺たちの前に現れたのは、ミリアと名乗るやたらと美人な姉ちゃんだった。


「神官のミリアと申します」


 ……この美人が神官?

 いや、それより……何でメイド服なんだ?



    ◇ ◇ ◇



 私の名はダント。

 アルベイル領の北郡を任された代官だ。


 これまでずっと忠実に仕事をこなしてきた私だが、実は最近、重大な背反行為をしている。

 北の荒野にできた村の存在を、ラウル様に隠しているのだ。


 荒野には村などないと、すでに調査報告を出してしまっている。

 もし虚偽報告をしていたことがバレたら、物理的に首が飛びかねない行為である。


 しかし私は後悔していない。

 それはあの方――ルーク様を信じているからである。


 ルーク様は将来きっと大物になられる。

 それも、御父上であるアルベイル卿以上の。


 下手をすればこの国そのものを変えてしまわれるかもしれない。

 それを思えば、私が負うリスクなど小さなものだ。


「しかしダント様。さすがにもう長くは隠し切れないかと。村の噂は北郡に留まらず、領地中に広がってしまっています。近いうちにラウル様が直接、村の調査に乗り出してもおかしくありません」

「分かっている。だからこそ、今こうして村に向かっているのだ」


 バザラの言葉に、私は頷く。

 そう、私は今、再び荒野の村を訪れるべく、バザラをはじめとする護衛隊を連れて、馬車を走らせているところだった。


 ルーク様のお陰で北郡の食糧事情は大いに改善した。

 その感謝を伝えるとともに、ある重大な報告をするためだ。


「あれから半年か……。あの村がどれだけ大きくなっているか……楽しみのような、怖いような不思議な気持ちだな」

「とはいえ、雪深い冬を挟んでいますから、さすがにそれほど変わってはいないかと」


 バザラはそう言うが、私の予感は真逆だ。

 ……何となく覚悟が必要な気がしている。


 やがて荒野が近づいてきた頃。

 我々はその異変に気が付いた。


「……先ほどからちらほらと人を見かけるが」

「た、確かにそうですね。この先にはあの村くらいしかないというのに……」

「つまり彼らは皆、あの村に向かっているのだろう」

「さ、さすがに多過ぎないでしょうか?」


 春になって移住者が増加しているのかもしれない。

 道行く者たちの中には、商人らしき集団も少なくなかった。


 あそこに見えるのは冒険者だろうか?


「近くに魔境がありますから、冒険者からすれば拠点として利用できるのでしょう」

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