第25話 斬られる度に熱が奪われていくわ

 堀に張られた水が凍り付いていく。


 俺たちはその水の中にいるのだ。

 このままでは完全に身動きが取れなくなってしまうだろう。


『おい、バール! てめぇ、これはどういうことだ!? おい! 聞こえてんだろう!』


 ちっ、バールの奴と念話が通じねぇ。


 こんな目に遭っているのも全部あいつのせいだ。

 絶対に許さねぇぞ。


 つか、あの馬鹿、もしかしてとっくに村の連中に捕まっていて、奴らの命令で俺に嘘の情報を流しやがったんじゃねぇだろうな?

 だとしたら、俺たちはまんまと嵌められたってことになる。


 焦りながらも懸命に泳ぐが、水面が凍ってほとんど前に進まない。

 他の団員たちも苦戦している。


「はっ、こんなものでオレを止められるとでも思ったか……っ!」


 誰もが冷たい水中で藻掻く中、信じられないことに親分だけは凍っていく水など物ともせず、ずんずん進んでいく。

 ついには向こう岸へ辿り着いてしまった。


「テメェだな、小娘! 魔法で水を凍らせてんのはよぉっ!」


 親分が睨みつけたのは、堀のすぐ近くにいた青い髪の少女だ。

 どうやらこの女が魔法を使い、堀の水を冷却させていたらしい。


「オラァッ!」


 親分が戦斧を手にその少女へ躍りかかった。

 だが次の瞬間、信じられない光景を目撃することとなる。


 なんと青い髪の少女は親分の強烈な一撃を躱したばかりか、手にした二本の剣で親分を斬りつけながら脇を駆け抜けたのだ。


 親分は『斧技』のギフト持ちだ。

 まさか親分の斧を回避し、あまつさえ傷を与えるとは……。

 そんなことができるとしたら、同じギフト持ちしかあり得ない。


「がっ……テメェ、魔法だけじゃなく、剣まで使いやがるのか……っ!? まさか、ダブルギフトか!?」


 ダブルギフト。

 それは二つのギフトを同時に授かった稀有な存在。


 こんな村にダブルギフトがいるだと?

 一体どうなってやがるんだ……?


 戦慄する俺だったが、そこでハッとする。

 親分が青い髪の少女と戦い始めたことで、堀に張られた水の氷結が止まったのだ。


 よし、この堀を泳ぎ切るなら今の内だ。

 俺はもはや感覚のほとんどを失いかけた身体に鞭を打って、必死に手足を動かした。


 そのかいあってか、どうにか対岸に手が届いた。

 他の団員たちも続々と上陸していく。


 信じがたいことに青い髪の少女は親分と互角の戦闘を繰り広げているが、しかしこれで相手の戦力を完全に封じ込めたも同然。


 後は俺たちで村人を人質に取って――


「ぐがっ!?」

「ぶっ!」


 対岸に辿り着いた団員たちが、再び水中へと落ちていく。

 剣や槍などの武器を手にした村人どもの仕業だ。


「ちぃっ、舐めんじゃねぇぞ!」

「やっちまえ!」


 幾ら身体が冷え切って動きが鈍っていると言っても、こっちは戦い慣れした盗賊団だ。

 武器を持っていようと、所詮は素人。我々の敵ではない。

 と、思っていたのだが。


「ぎゃっ!?」

「ぐべ……っ!」

「な、何だ、こいつら、強すぎ――がはっ!?」


 歴戦の仲間たちが次々とやられていく。


 どうなっている!?

 あの村人ども、どう見たって素人の動きじゃねぇぞ!?


 さらに愕然とさせられたのは、青い髪の少女と激しくやり合っていた親分だ。


「ぐっ……この小娘がっ……」


 身体のあちこちから血を流している。

 そのせいか、動きが鈍い。


 いや、どうやら親分の動きが遅くなっているのは、負傷のせいではないようだ。


「身体がどんどん冷たくなってやがる……っ! テメェの魔法の仕業か……っ!」

「ご名答。私に斬られる度に熱が奪われていくわ。筋肉のせいでなかなか刃が通らないあなただけど、冷気ならしっかり身体の中まで通るでしょ?」

「聞いたことがあるぜ……バズラータの〈氷剣姫〉……そいつはテメェのことだな……? 何でこんな荒野の村にいやがるんだよ……」

「事情があってね」

「ちっ、しかしここまで強いたぁな……オレの完敗だ……」


 敗北宣言とともに、親分の巨体が倒れ込む。


 あの親分が負けた?

 う、嘘だろう……?


 こうなっては、もはや団員たちの戦意を維持できるはずもない。

 俺たちは降伏し、大人しく捕まったのだった。

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