第280話 船は要らないわん

「ああん、海の中で熱烈な求愛を受けちゃったわぁん♡」


 海から上がってきたゴリちゃんは、巨大なイカの魔物を引き連れていた。

 浜へと引き摺り上げられたその巨体は、全長十メートル、いや、それ以上あるだろうか。


 ゴリちゃんの攻撃を浴びたからだろう、身体のあちこちが千切れ、無残な姿になっている。

 それでもまだ生きているようで、海に逃げようとうねうね動いていた。


「こ、こいつは子供のクラーケンなんかじゃねぇぞ……。普通の、いや、むしろ大きな部類に入るようなクラーケンだ……」


 おじさんがわなわなと唇を震わせる。


「自分からアプローチしてきたのに、海中に逃げようとしたから、追いかけて仕留めてあげたの♡」


 水中で海の魔物に追いつくとか……相変わらずゴリちゃんは異次元すぎる……。

 クラーケンもまさか、こんなに強い陸上生物がいるなんて思わなかったに違いない。


「あ、あんた、本当にすげぇな! クラーケン一体倒すのに、武装した船が何艘も必要だってのによ! 筋肉もすげぇし、こんな強い男、見たことねぇよ!」

「お、と、こ?」


 賞賛するおじさんだったけれど、ゴリちゃんの地雷を踏んでしまった。


 ……まぁ、クラーケンと激しくやり合ったせいか化粧が完全に落ち、リボンやティアラも外してフリフリの衣装も着ていないゴリちゃんは、もはや男の中の男にしか見えないのだけれど。


「だ~~れが、男ですってぇ?」

「ひぃっ」


 僕はおじさんに耳打ちする。


「ゴリちゃんはこう見えて女の子なんだ。強くて可愛いって言うと喜ぶよ」

「こ、こんなに強くて可愛い女、見たことねぇっ!」


 おじさんが慌てて言い直すと、ゴリちゃんは満足したように、


「うふふ、分かればいいのよ、分かれば。ああん、それにしても、髪がぐちゃぐちゃになっちゃったわぁん。お化粧も落ちちゃったし……海で泳ぐのは好きだけど、これが嫌なのよねぇ」


 乙女らしく鏡を見ながら嘆いている。

 今どこから鏡を取り出したのだろう?


 そのときおじさんが突然、砂浜に膝をついたかと思うと、額に砂が付くほど頭を下げて、


「その強さを見込んで、お願いがある! どうか、この辺りの海に居座っているクラーケン退治に力を貸してくれ! もちろん、相応の報酬は支払う!」


 詳しい話を聞いてみると、どうやらここ最近、クラーケンが何体も確認されているという。

 漁に出ていた何隻もの船が沈没させられていて、多大な被害が出ているらしい。


 お陰でなかなか漁に出られない状態のようで、漁業が盛んなこの地域では死活問題だろう。


「本来であれば、クラーケンはずっと沖合の海に棲息しているはずなんだが……。あまりに数が多くて、地元の討伐隊もお手上げ状態なんだ。だが、あんたみたいな強いお――んなが居てくれたら百人力だよ」


 ゴリちゃんは「それは大変ねぇ」と頷いて、


「そんなことならお安い御用よん」

「ほ、本当かっ? なら、今すぐ討伐隊のところに……」

「その必要はないわぁ」

「え?」

「だって、アタシたちだけで十分だもの」

「???」


 ゴリちゃんはおじさんに告げる。


「強いのはアタシだけじゃないの。ここに居る子たちは、み~~んな凄い戦士たちなのよ」


 驚きつつも、僕らを軽く見回すおじさん。

 バルラットさんやノエルくん、ゴアテさんなどの鍛え抜かれた身体を見て、


「た、確かに……」


 と頷く。

 ここには狩猟隊のメンバーたちも多いしね。


 ただ、ちらりと僕を見て、


「戦えなさそうな子供もいるが……」


 どうせ僕は戦えないだよっ。


「ともかく、それならすぐに船を用意させよう」

「船は要らないわん。もっと便利なものがあるもの。村長ちゃん、海上もあれで移動できる?」

「うん、大丈夫だと思うよ」


 ズズズズズズズズ。


 浜辺に置いておいた公園を、三次元配置移動で動かしていく。

 それに全員が飛び乗ると、そのまま海面を飛行しながら沖へ。


「…………お、俺は、夢でも見ているのか?」


 浜辺に呆然と立ち尽くすおじさんが、段々と遠ざかっていった。

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