第273話 獲物を狙う目じゃ

 メイドに連れられ、ドーラはお風呂へとやってきた。


「さあ、ドーラ様。ここで服をお脱ぎください」

「服? ああ、人間が身に着けておるこれのことじゃな? これは鱗を変形させることで模倣したもので、わらわの身体の一部じゃ」

「え、では脱ぐことはできない、と……?」


 なぜかショックを受けたような顔をするメイドに首を傾げつつ、ドーラは言う。


「脱ぐのは無理でも、消すのなら可能じゃが……」

「では消しましょう!」

「……?」


 鼻息荒く主張するメイドに若干の恐怖を覚えながらも、ドーラは大人しく〝服〟を消した。

 すると現れたのは、見事なまでにつるぺたの裸体だった。


「うーむ、一応、人間の雌の姿になってはおるはずなのじゃが……何か違う気がするのう? もうちょっとこう、お主のようにこの辺りとかこの辺りが膨らんでおるべきかの? それに手足も短すぎるような? 人化はなかなかコントロールが難しいのじゃが、どうにかしてもう少し――」

「そのままの姿で何の問題もありませんっっっ!!」

「――っ!?」


 急に大声で叫ばれてドーラはビクッとしてしまった。


「お、お主、鼻から血が出ておるが、大丈夫かの?」

「……ご心配なく。ではこちらでございます」


 グイッと腕で鼻を拭うメイドに促され、浴室へと足を踏み入れるドーラ。

 そこに広がっていたのは、お風呂というより、もはや大浴場だ。


「まずはそちらでお身体を洗いましょう。わたくしがお手伝いいたしますのでじゅるり」


 それからドーラは、とても良い香りのする泡で、全身を隈なく洗われた。

 最後に温かいお湯で泡を流されると、髪や肌がつるつるになっていて、


「ううむ、なんだか悪くない気がするのう」

「ふふふ、とても綺麗になりましたよ」


 満更でもない様子のドーラに、色々と堪能できて満足げに頬を上気させるミリア。


「ではそちらの湯船にお浸かりください」

「うむ」


 言われるがまま湯船へ。

 お湯に肩まで浸かると、思わず感嘆の声が漏れてしまった。


「あ~~~~、これは気持ちいいのじゃ~~~~」


 少しとろみのあるお湯に、まるで全身が優しく包まれているような感覚。

 身体の芯、さらには心までもが温まっていくのが分かる。


 適当に身体を洗うだけのいつもの水浴びとはまったく違う。

 人間はいつもこんな贅沢をしているのかと、驚愕するドーラだった。


「(どうやら、わらわを食うつもりではなさそうじゃのう)」


 疑いの気持ちもお湯と一緒に流れていきかけて、ふと我に返った。


「(って、そう簡単に人間を信用などしてはならぬ! 綺麗に洗って、それからお湯で温めて……よく考えてみたら、むしろこれは調理のための下ごしらえではないか!?)」


 ハッとして振り返ると、息を荒らげながらこちらを凝視しているメイドがいた。


「(間違いない! あの目! 獲物を狙う目じゃ! しかも逃さないよう、最高のタイミングを見計らっているときの! わらわを完全に油断させながら下処理して、それから美味しくいただくつもりに違いない!)」


 幸い今この場にいるのはあのメイドだけだ。

 戦う力はないように思えるし、幾ら人化していようと、元がドラゴンであるドーラにかかれば一瞬で無力化できるだろう。


「(じゃが、この場所が見張られている可能性もある! くっ、どこに隠れているか、まったく分からぬ! わらわは気配を読んだりするのは苦手なのじゃ……っ!)」


 この下処理が終わってしまえば、もはや逃げるチャンスはない。

 ドーラは一か八かの賭けに出ようとして、


「……む?」


 不意に鼻先を掠めたのは、何とも香ばしいにおいだった。

 さらに、人化しても健在なドラゴンの鋭い嗅覚が、その正体を教えてくれる。


「これはもしや、ワイバーンの? しかし、わらわがいつも食べているものより、ずっと美味しそうじゃ……じゅるり……」


 思わず湧いてくる涎に、いったん逃走を保留にするドーラだった。

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