第260話 三時間もあれば着けるじゃろう

 信じがたい速度で道路を進み、あっという間に要塞都市まで辿り着くことができた。


「な、何だったのだ、この道路は……? まるで羽が生えたかのように身体が軽かったが……」


 驚かされたのはそれだけではなかった。

 都市の中へと足を踏み入れると、そこには信じられないほど清潔な街が広がっていたのだ。


 ゴミ一つ落ちていないし、浮浪者の姿も見かけない。

 道行く人々の多くは健康そうで、身なりも清潔そのものだった。

 国全体が長き内乱状態にあったとは到底思えない。


 きっと凄まじく有能な領主なのだろう。

 さすがはあれだけの巨大な壁を築き上げ、我が軍を簡単に退けただけのことはある。


 国が荒れた状態にありながらも、領内をしっかりと統治し、さらには外敵への備えも怠っていなかったようだ。


 その領主タリスター公爵は、我々の訪問を拒んだりはしなかった。

 面会に応じてくれたのである。


 もちろん決して歓迎といった雰囲気ではない。

 つい先日、まさに我が国の侵攻を受けようとしていたのだから、当然の話だろう。


 門前払いされたり、そのまま捕えられたりしなかっただけでもマシだった。


「それで一体、何の用じゃ?」

「はっ……。まずは先日の我が軍の進軍を、お詫び申し上げたく……」


 深々と首を垂れながら、一も二もなく真っ先に謝罪を口にする。

 そしてもはや侵略の意志など一切ないことも伝えた。


 実際あの巨大な壁の存在によって、我が国の好戦派は完全に沈黙している。

 逆に大きく懸念するのは、報復として今度は隣国が我が国へと攻め込んでくることだ。


 そもそもこちらが想定していた隣国の戦力が大きく誤っていたわけで、我が国は今、戦々恐々としていた。

 ゆえに多少の対価を支払ってでも、どうにか隣国との関係を修復していきたいところである。


 顰め面でこちらの話を聞いていたタリスター公爵が、ゆっくりと頷いた。


「ふむ、なるほど。バルステの考えは理解したのじゃ。……儂としても、わざわざ報復のために領民を犠牲にするつもりなど毛頭ない」

「で、では……」


 公爵の明言に、ホッとする私。

 だが公爵の言葉には続きがあった。


「じゃが、国王陛下がどうお考えかは儂には分からぬ。今やこの国は再び王権主義へと生まれ変わりつつある。儂も基本的には陛下の考えに従うつもりじゃ」


 どうやら内乱状態が解消されるとともに、脆弱だった王家が力を取り戻し、中央集権化を進めているようだ。


「いったん陛下に謁見してみてはどうじゃ? 話は儂から通しておくぞ」

「そ、それは大変ありがたい話です」


 そんなわけで、私はこの国の王都へと向かうことになったのだが、


「なぁに、王都まで三時間もあれば着けるじゃろう」

「……?」


 何を言っているのだろうか?

 セルティアのほぼ南端に位置するこの要塞都市から王都までは、かなりの距離がある。

 片道でも数日は覚悟しなければならないはずだ。


「どうやら鉄道を知らぬようじゃな。間諜を忍ばせている割には情報が遅いようじゃの。おっと、あの〝万里の長城〟のせいで、伝達がしづらくなっておるのかの、はっはっは!」


 少し上機嫌になって、笑い声を響かせるタリスター公爵。


 テツドウ……?


 謎の言葉を口にする公爵に、私は首を傾げるしかない。

 使者団のメンバーたちを振り返ってみても、同じような反応だった。


「では付いてくるのじゃ」


 公爵直々に案内され、我々は城の地下へと降りていく。

 だが地下なんかに、長距離を短時間で移動できるような手段があるとはとても思えない。


 もしかしてこのまま地下牢へと連れて行かれ、捕虜にされてしまうのではないか?

 そんな不安が過り始めたときだった。


 やがて現れたのは、地下とは思えないほどに広大な空間だった。


「あれが鉄道じゃ。あの電車と呼ばれる箱のようなものに入れば、王都まで座っているだけで連れていってくれるのじゃよ」

「こんなものが……?」


 変わった見た目をした牢獄ではないかと疑ったが、公爵自身が率先してその巨大な箱に入っていったので、我々もそれに続く。

 内部はかなり広く、腰を落ち着けることができる椅子のようなものもあった。


「これは……随分とふかふかで、良い椅子だが……」


 そのとき突然、プシューッという音が響き、思わず身構えた。

 入ってきたドアが勝手に閉まったのだ。


「では出発じゃ!」


 やたらテンション高く公爵が叫んだ次の瞬間、


「う、う、う、動き出した~~~~っ!?」

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