第77話 牛肉だ

 右の道を進んでいると、不意にマルコさんが叫んだ。


「っ! 気を付けてください、何か嫌な予感がします!」


 僕たちは一斉に身構える。

『危機察知』ギフトを持つマルコさんの予感は、予感というより絶対だ。


 魔物だろうか。

 だけど、見たところ前後にそれらしき影は見当たらない。


「そ、そこの……五メートルくらい先の地面……」

「カムルさん?」

「……ふ、踏むと、ダメな気が……」


 カムルさんが指をさしている場所を見てみるけれど、見たところ普通の地面だ。


「ふむ。気を付けた方がよさそうだな」

「念のため、避けて通りましょう」


 そう言って、迂回しようとするフィリアさんとセレン。


「その必要はないよ。このゴーレムで……」


 僕は土塀から作り出したゴーレムを、そのまま真っ直ぐ進めてみた。

 やがてカムルさんが指摘した地面に足を踏み入れた次の瞬間、


 ズゴォォォンッ!


 突然、地面が崩れたかと思うと、空いた穴へとゴーレムが吸い込まれていってしまった。


「なるほど、落とし穴のトラップだったみたいだね」


 どうやら結構な深さがあるようで、五メートル級のゴーレムですら、穴から頭が少し出る程度だ。


「凄いですね、カムルさん。見た感じじゃまったく分からなかったのに、完璧に見抜いちゃうなんて」

「い、いや……きっと、たまたまというか……」


 カムルさんは恥ずかしそうに否定するけれど、ギフト『迷宮探索』の力なのは間違いない。


 マルコさんの『危機察知』では、罠があっても今のように大よそのことしか分からない。

 でもカムルさんのギフトなら、よりピンポイントで罠を看破することができるようだ。


 その後も僕たちは順調にダンジョンを進んでいった。

 と言っても、もしカムルさんがいなければ、かなり苦労しただろう。


 というのも、先ほどのようなトラップが随所に仕掛けられていたせいだ。

 カムルさんが発見し、僕がゴーレムを使って強引に解除する。

 この連携のお陰で簡単に突破できた。


 ちなみに先ほどのような落とし穴の場合、下が剣山になっていたり、毒の沼になっていたりする。

 ゴーレムだから助かったけれど、もし生身の人間だったらただではすまなかっただろう。


 他にも頭上からつらら状の尖った石が降ってくるトラップだったり、魔物がわらわらと湧き出してくるトラップだったりと、なかなか厄介なものがあった。


「魔境と違い、ダンジョンが恐ろしいのはこうしたトラップの存在だ。魔物との戦闘中に発動させてしまったら一溜りもないからな、先に解除できるというのは大きい」

「それにしても最初からなかなか大変なルートね。もしかして左の方がよかったんじゃないかしら?」

「っ……」

「カムルさんのせいじゃないですからっ! 僕がこっちを進もうって選んだんですし!」


 セレンの言葉にビクっとするカムルさんを、慌ててフォローする。


 ちょうどそんなときに、再び分かれ道にやってきてしまった。

 しかも今度は左右に加えて真ん中と、三つに分かれている。


「ま、真ん中……な、気がします……」

「じゃあ、ここは真ん中に進みましょう」


 相変わらず自信がなさそうなカムルさんを信じて、中央の道を選ぶ。

 そうしてしばらく進んだ頃だった。


「ブモオオオオオッ!!」

「っ……あ、あれは……っ!」


 前方から現れたのは、オークをも軽く凌駕する巨体。

 鋭い角が生えた牛の頭を有し、それでいて胴体は人と変わらぬ二足歩行だ。


 主にダンジョンに現れ、その凄まじい突進によって幾多の冒険者たちの命を奪ってきたという、恐ろしい怪物。

 その牛頭人身の魔物の名を、僕も聞いたことがある。


「ミノタウロス……」

「「「牛肉だ!」」」


 えっ!?



 ◇ ◇ ◇



『緊急事態発生、緊急事態発生、緊急事態発生――』

「むにゃむにゃ……」


 ダンジョン最下層。

 鳴り響く警報の中、小さなベッドに眠る生き物の姿があった。


 見た目こそ人間の女の子。

 だが、人の手のひらに乗るほどの可愛らしいサイズで、背中には透明な翅が生えている。


『緊急事態発生、緊急事態発生、緊急事態発生――侵入者により、ダンジョンが浸食を受けています。至急、対応することを推奨します』

「う、うへへ……イケメンが……いっぱい……」


 何か幸せな夢でも見ているのか、まるで目を覚ます気配はない。


『緊急事態発生、緊急事態発生、緊急事態発生――』


 ただ虚しく警報音だけが響き続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る