第48話 一つ謝罪したいことが

 宴会が終わると、我々はとある場所へ案内された。

 村長宅と瓜二つの、立派な邸宅である。


 ……私の記憶が確かなら、村の中を案内されたとき、ここにこんな建物はなかったはずだ。

 恐らくギフトの力を使って新しく建てたのだろうが……本当にこんな一瞬で作ることができるとは。


「この家を使ってください。広いので、十分護衛の皆さんも寝泊まりできると思います」

「ありがとうございます、ルーク様」


 我々はおっかなびっくり屋敷内に入る。


 もちろんただのハリボテではなかった。

 中身もしっかりしており、それどころか家具や調度品などまで置かれている。


 ちゃんと風呂やトイレなどもあった。

 とてもではないがギフトで生み出されたとは思えない。


「……率直に、この村のことをどう思った?」


 ひとまずリビングのソファに腰を下ろした私は、対面に座るバザラに問う。


「異常、です。異常にもほどがあります……」


 私と意見が完全に一致した。

 いや、むしろ一致しない人間がいるだろうか。


「……そしてダント様、一つ謝罪したいことが」

「謝罪?」

「村に着く直前、我らがいる限り、その身に危険が及ぶことはないと申し上げましたが……前言を撤回させてください」


 熟練の戦士であるバザラが、引き攣った顔で告げた。


「……無理です。恐らく彼らに襲われたら最後、我が精鋭部隊でも一溜りもありません。そして恐らく、残してきた兵力をすべて投入しても、この村を落とすことは不可能でしょう」

「そ、そうか……」


 薄々勘づいてはいたが、どうやらこの村はもはや村と呼ぶには過剰すぎる戦力を有しているようだ。


「まさか、武技系のギフトや魔法系のギフトを持つ者があれだけいるとは……。ここの住民の大半は、西からの難民や我が領から逃げ出した村人たちだと聞いていたのですが……」

「祝福を……全員に受けさせたのかもしれない」


 思い返してみれば、村に教会らしき建物があった。

 なぜかそれだけ紹介されず、違和感を覚えてはいたのだが……。


「祝福を!? しかし、神官はどこから……?」


 通常、祝福を授ける神託ギフト持ちの神官は、すべて教会が管理している。

 例外はない。

 なぜなら神託のギフトを授けるのもまた、教会だからだ。


 だが、何らかの理由で、この村に例外がいたとすれば……。


「……ですが、ただの村人が祝福を受けたところで、これだけの数になりますかね?」

「分からぬ。平民に祝福を授けたところで、実際にギフトを与えられるのは一パーセントにも満たないと教会は主張しているが……もしそれが間違っていたとしたら?」

「っ……それは……」


 万一、教会がこの村のことを知れば、きっと黙ってはいないだろう。

 この戦乱の世でも、やはり教会は一定の勢力を保っているからな……。


「それで、ダント様はこの村のことをどうされるおつもりですか……? やはり、まずはご当主様にご報告を?」

「いや……報告は、しない」

「なっ?」


 私の言葉にバザラが目を丸くする。


「ご当主様は今、次の戦いのためにお忙しくされ、領政治をほぼラウル様に任せていらっしゃるそうだ」


 恐らくシュネガー家との戦いに勝ったあかつきには、その地をご当主様自身が治め、現在のアルベイル領に当たる一帯はラウル様に一任するおつもりなのだろうと、私は読んでいる。


「つまり私の報告はまず、ラウル様の耳に入る。そしてそのラウル様は、ずっと腹違いの兄であるルーク様を目の敵にされてきたと聞く。ご当主様がルーク様の現状を知ることを、ラウル様はよく思われないはずだ」


『剣聖技』のギフトを継ぎ、このままいけば確実に次期領主の座が手に入るところなのだ。

 それが下手をすれば、ルーク様に奪われてしまいかねない。


「ご当主様に知られる前に、この村を潰そうとされるかもしれぬ」


 この村にとって、教会の存在も危険だが、それ以上の脅威がラウル様であることは間違いないだろう。


「し、しかしダント様、もし秘匿していたことが発覚したら……」

「……」


 私はアルベイル家に仕える代官だ。

 万一この独断がバレてしまったなら命はないだろう。


「それでも、私はこの村に……ルーク様に賭けたい」


 私は代官として、ずっとアルベイル家に言われるがままにこの地を収めてきた。

 民たちが苦しんでいることを知りながらも、私は仕方がないのだと自分に言い聞かせ、厳しく税を取り立て、時には武力で彼らを威圧してきたのだ。


 そんな、我が身こそが可愛く、小心者にも程があるこの私が、このような荒野の村で一世一代の大博打をしようとは……。


「アルベイル家の次期当主に相応しいのはラウル様ではなく、ルーク様だ。そして間違いなくルーク様は、歴代最高の領主となられるお方だろう」



    ◇ ◇ ◇



「……」


 ダントとバザラが話をしているリビングの床下。

 そこに潜んで盗み聞きをしている人影がいた。


 二人の会話次第では、二度とこの荒野から出ることができなかったかもしれない。

 ダントの語った言葉のお陰で命拾いしたことを、彼らは知る由もなかった。

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