第203話 余を眠りから覚ますのは
家屋を建てたことで一番喜ばれたのは、トイレだった。
「これは大変助かります。遺跡内で隠れながらするのは危険もありますし……」
ちょうどトイレから戻ってきたマリンさんが言う。
この隙に用を足しておこうと、男女問わずトイレに殺到したため、施設カスタマイズを使って増築したほどだった。
「手を洗ったりできるのもありがたいわね」
「特にアンデッドは衛生的によくないからな。食事前に手を綺麗にできるのは助かる」
言われて「えっ」という顔をしたのはラウルだ。
たぶん、食べる前にちゃんと手を洗わなかったのだろう。
「……はっ、そんくらいで死にはしねぇだろ」
そうして休憩を終えた僕たちは、探索を再開することにした。
「ここは……」
僕たちが辿り着いたのは、ミイラ部屋に匹敵するほどの広い部屋だった。
だけど殺風景だったあそことは違い、ここは異常なほど豪華だ。
壁一面に掘られた見事なレリーフ。
そこには煌めく宝石が幾つも散りばめられており、しかも奥に行くほどさらに絢爛さを増していく。
その奥には祭壇めいた作りとなっていて、巨大な黄金の箱が置かれてあった。
しかもその周囲は大量の金銀財宝で埋め尽くされている。
「多分、棺桶だよね?」
「恐らくそうだな。そしてこれだけの贅を尽くしたものだ。恐らくここは古代の王の墓なのだろう」
フィリアさんが言う通り、この遺跡はかつての王様の墓として作られたのだと思う。
だからこの部屋が遺跡の最奥で、あの棺桶の中で王様が眠っているに違いない。
「それにしても凄い財宝ね!」
「こんなにあるなら少しくらい貰っていっても……いや、何でもない」
アレクさんは慌てて口を噤む。
古代の国の財宝と言っても、その所有権は今あるこの国にある。
勝手にくすねてしまったら罰せられてしまう。
もちろんアレクさんたちにも十分な報酬が支払われるはずだけど。
と、そのときである。
「誰だ……余を眠りから覚ますのは……」
どこからともなく声が聞こえてきた。
背筋が寒くなるようなおどろおどろしい響きのそれに、僕たちは慌てて周囲を見回す。
「ひ、棺が……っ!」
声を震わせて叫んだのはカムルさんだ。
視線を向けると、黄金の棺桶の蓋がゆっくりと持ち上がろうとしていた。
「ま、マジかよ……っ!?」
「墓の主までアンデッド化してるっていうの……っ!」
やがて棺の中から姿を現したのは、王冠を被り、ボロボロながらも豪奢な衣服を身に纏った骸骨だった。
「余の墓を荒らすとは……愚かな者たちめ……」
侵入者である僕たちに憤っているのか、不気味な声には明らかに怒りが籠っている。
一見するとスケルトンにも見えるけれど、その存在感は段違いだ。
ここまで遭遇してきたスケルトンなどより遥かに上位のアンデッドだろう。
「気を付けてくれ! こいつは恐らくワイトだ……っ!」
フィリアさんが叫ぶ。
「そこらのアンデッドと違い、ワイトは高い知能を持っている! 邪悪で強力な魔法を使ってくるぞ!」
「はっ、ワイトだかなんだか知らねぇが、オレがあの世に送ってやるよ!」
フィリアさんの忠告も虚しく、ラウルが単身でワイトに躍りかかっていった。
……勝手な判断で前に出たりしないでって言ったのに。
「シャドウバインド」
「なっ!?」
ワイトが手にした杖を振るうと、突如としてラウルの動きが停止した。
まるで全身を縛り付けられたかのように、その場から一歩も前に進むことができない。
「何だ、こいつは……っ!? 身体がっ……」
「愚か者め。邪悪なる炎に呑まれて悶え死ね。ヘルファイア」
身動きを封じられたラウルへ、ワイトが黒い炎を撃ち出した。
迫りくるそれをラウルは躱すことができない。
「デコイシールド!」
その炎が突如として向きを変えたかと思うと、ノエルくんが手にしていた盾に直撃した。
どうやら敵の攻撃を味方の代わりに引き受ける技らしい。
「盾が……」
ノエルくんの盾は、ドワーフの鍛冶職人がミスリルで作った逸品で、物理攻撃にも魔法攻撃にも強い。
だけど黒い炎を受けたことで、ただ表面が焦げてしまっただけでなく、まるで腐食してしまったかのようにボロボロと崩れてしまっていた。
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