第202話 雰囲気だよ、雰囲気

 部屋の奥に扉があった。

 入ってきたときには閉まっていたけれど、ミイラを全滅させたからか、今は開いている。


「ラウル、入る前に僕がリーダーってことで決まったんだから。勝手な判断で前に出たりしないでよね?」

「ちっ、分かったよ」


 一応さっきのことを咎めると、ラウルは渋々ながらも頷いてくれた。


「じゃあ、ここでちょっと休憩しようか。ちょうど広い部屋だし。みんなお腹も空いてきた頃だよね?」

「ミイラの死体が散乱してるのですが……」


 こんな場所で食べ物なんて口にできないと頬を引き攣らせるマリンさんだけれど、その心配はない。

 僕はその場に家屋・中を作り出した。


「っ!?」

「この中なら綺麗だからね」


 驚くマリンさんを余所に、僕は家の中に入っていく。

 リビングを広めに作ったので、十三人いても十分にくつろげるだろう。


「負傷者は言ってください。今のうちに治療しますので」


 エルフのクリネさんが声をかける中、僕は瞬間移動を使って村へ飛んだ。


「こんにちは、コークさん。頼んでいたやつできてるかな?」

「っ!? 何だ、村長か……驚かさないでくれよ。というか今、一体どこから……?」


 コークさんはこの村で最初の飲食店を開いた人で、『料理』のギフトを持っている。

 彼が作り出す絶品料理の数々は今や大人気で、これを食べるためだけに観光客がやってくるほどだ。


「もちろんできてるぜ。ほらよ」

「わっ、ありがとう」

「しっかし、ベントウだったか? こんなの初めて作ったぞ」


 僕はそんな彼にお弁当を作ってくれるように依頼していたのだ。


 木製の小さな箱を開けてみると、中には美味しそうな料理が詰まっていた。

 この世界にはまだない文化なので戸惑ったみたいだけど、彩り豊かで、見事なお弁当だ。


 まぁお米がないので、そこはパスタだけれど。

 残念ながら少なくともこの国ではお米を作っているところはないようなのだ。


「王都の地下にある遺跡の調査をしてるんだけど、その休憩中にちょうどいいなって思って」

「王都……?」


 不思議そうにするコークさんにお礼を言って、僕は十三人分のお弁当を持って遺跡へと戻った。


「はいこれ、お弁当。みんな一人一つずつあるからねー」

「「「オベントウ……?」」」


 疑問符を浮かべる彼らにお弁当を渡していく。


「ベントウか。いつも世話になってるぜ」

「ありがたいのよね!」


 唯一弁当のことを知っているのはアレクさんたちだ。

 それは冒険者用の宿の食堂で、弁当のサービスをしているためだ。


 ダンジョンに潜る際に持っていく携行食用に、僕が弁当箱を作ってあげたことで、その呼び方が定着したのである。


 だけど今日のはそれよりずっと豪華なものだ。

 蓋を開けた人から順番に「美味しそう」という声が上がっていった。


「コークさんに作っておいてもらったんだ」

「え! そんなの間違いなく美味しいに決まってるじゃない!」


 セレンが目を輝かせた。



「「「うめええええええええええええええっ!!」」」



 コークさんお手製の弁当を口にするや、あちこちから叫び声が上がる。

 ここまでアンデッドと戦ってきて、食欲なんて湧かないかもと思っていたけど、みんなあっという間に平らげてしまった。


「おい、おかわりはねぇのか!?」

「残念だけど、一人一個しか用意してもらってないんだよね」


 ラウルは残念そうに顔を顰める。


「くそっ……。だが、もしこれを軍の糧食にできれば、兵たちの士気が……」


 このお弁当の大量生産は無理そうだけどね。


「というか、別にここにわざわざ家を建てなくても、普通にその瞬間移動で村に戻ればよかったのでは……?」

「セリウスくん、こういうのは雰囲気だよ、雰囲気」

「雰囲気……?」


 もっともな指摘だけど、やっぱりお弁当は旅先で食べてこそ美味しいものだからね、うん。


 アレクさんたちが頷いてくれた。


「確かに、ダンジョンで食べるベントウは格別に美味いな」

「同じ料理でも、食堂で食べるより美味しく感じるのは不思議よね」




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