第241話 力を貸してやろう

「た、大変です、ボスっ! 男たちがっ……この集落に攻めてきました……っ!」

「何だと?」


 突然もたらされた凶報に、リリさんが顔を顰める。


「ちっ、ガガのやつ、ここまで愚かだったとはな……。返り討ちにしてくれる」


 猫族の戦闘能力は、男女であまり変わらないらしい。

 腕力では男に分があるけれど、俊敏性では女に分があって、それで大よそ拮抗しているそうだ。


 人数も男女で大した差はない。

 となると、防衛側のこちらが有利になるのは自明だった。


 だからこそ、リリさんも相手がまさか強硬手段に出てくるとは思ってもいなかったようだ。


 けれど僕が設置した物見櫓の上に登って敵を確認したリリさんは、思わず言葉を失った。


「な……あれは……まさか、犬族っ!?」


 猫族の男たちだけではない。

 どういうわけか、犬族を引き連れ、こちらに迫ってきていたのである。


 彼ら犬族が男たちに手を貸すというのなら、戦いの行方は分からなくなるだろう。


「ガガ! てめぇ、こいつは一体どういうことだ!?」

「くくく、お前が悪いんだよ、リリ! 貴様ら女どもが、大人しくオレたちの言うことを聞かないからなぁっ!」

「ふざけるな! てめぇの一方的な要求をこっちは飲む道理なんざねぇんだよ!」


 ボス同士が大声で言い合う。

 ……結構な距離があるのに、耳が良いからちゃんと伝わるのだろう。


「今ここで降伏してオレたちに隷属することを誓うってなら、首輪だけは勘弁しておいてやるぜ!」

「黙れ! 誰がてめぇらなんぞに屈するか!」

「くははっ! そう言ってられんのも今の内だぜ! 犬族と手を組んだオレたち相手に、いつまで強気でいられるだろうなぁ!」

「ちっ……何だって、犬どもがあいつらに協力を……」


 僕は横で青い顔になっているララさんに聞いた。


「ねぇ、犬族とは仲いいの?」

「ぜ、全然そんなことはない。むしろ得物を取り合って、小競り合いになることも多いくらいだ。なのに何で……」


 どうやら男たちに犬族が力を貸すのは、想定外のことらしい。




     ◇ ◇ ◇




「くくく、リリのやつ、さすがに狼狽えてやがるな」


 猫族の男たちを率いるガガはニヤリと口端を吊り上げた。


「協力、感謝するぜ」

「……そんなことより、あの話は本当なんだろうな?」

「ああ、間違いない。見ろよ、あの石垣。以前は明らかになかったものだ。ほんの数日の間に忽然と現れたんだ。それも件の人族の仕業らしい」


 犬族のリーダーは、鋭い眼光の男だった。

 ガガに劣らない偉丈夫で、群れの者たちからは熱い忠誠心を抱かれている。


「その人族がいれば幾らでも作物が手に入るって話だ。その証拠に、お前さんにも見えるだろ? 女どもの肉付きの良さがよ」

「確かに、飢饉に喘いでいるようにはまったく見えない」

「もしこの戦いに勝ってオレたちが女どもを支配できた暁には、その人族をお前さんたちにくれてやろう」

「……約束だぞ?」

「はっ、心配すんな。男に二言はない。そもそもしばらくは女どもを躾けるだけで手いっぱいだ。お前さんたちと敵対する暇なんてない」

「ふん、貴様ら猫族はいまいち信用できんが、今だけは力を貸してやろう」


 そう鼻を鳴らす彼は、ガガの目から見ても、明らかに以前より痩せていた。

 やはり犬族の食糧不足は、彼ら猫族よりも深刻らしい。


 不仲な猫族の話に乗らざるを得ないくらいにまで、追い込まれているのだろう。

 ガガはそんな彼らの事情を上手く突いたというわけだ。


 そうして彼らは群れのリーダーとして、同時に命令を下す。


「「行け!」」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 雄叫びと共に、集落へと突っ込んでいく。

 基本的に定住しない獣人の集落としては珍しく、立派な石垣で護られてはいるが、


「はっ! このくらい簡単に飛び越えられるぜっ!」

「こんなんじゃ土塁と変わらねぇなぁ!」

「おらぁっ!」


 高い身体能力を誇る猫族の男たちの中には、仲間の背中を踏み台にしながら、一気に飛び越えてしまおうという者たちもいて――


 ドオオオオオオンッ!!


「「「あばっ!?」」」


 突如として石垣に、彼らは一斉に激突してしまった。

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