第240話 警戒されてんだろう

「話は以上だな。じゃあ、帰ってくれ」


 リリさんは会談をさっさと切り上げたいみたいだ。

 相手のボスはどうにか食い下がろうとする。


「くっ……だ、だが、今回はきっと運が良かっただけだ。今後も危険なことには変わらない」

「生憎ともうそんな心配もねぇんだよ」

「……どういうことだ?」

「お前らに話す義理なんてねぇな。おら、いい加減とっとと帰れ! じゃねぇと、今ここで去勢するぞ!」


 リリさんに怒鳴られて、三人の男たちはしぶしぶと帰っていく。

 その後ろ姿を見送ったリリさんは溜息を吐いて、


「ったく、誰が連中に余計なことを話しやがったんだ。おい、んなことがねぇように、しっかりと見張っておけ」

「「「はいっ!」」」


 傍に控えていた女性たちが力強く返事をした。



      ◇ ◇ ◇



「ボス、一体どういうことっすかね? 俺たちが深刻な食糧難に喘いでるってのに、奴ら全然そんな様子なかったっす」

「ああ、明らかに変だったな。集落の中が妙に奇麗になってやがったし、女どもも随分と健康そうだった。ちゃんと食えている証拠だ」

「肉付きがよくなってやがったっすからね。心なしか毛並みや肌の艶も良くなってた気がするっす。……お陰でちょっと興奮しちまったっすよ」

「……リリの奴も明らかに誤魔化しやがったし、何か秘密があるんだろう」


 けんもほろろに突っ撥ねられた彼らは、近くの岩場に隠れて話し合っていた。

 すでに日が暮れて辺りは真っ暗になっているが、まだ集落には帰らないようだ。


「にしても、遅いっすね?」

「警戒されてんだろう」


 彼らが待っているのは、女たちの群れにいる協力者だ。

 ボスのリリは男の群れと合流することを拒んでいるが、必ずしも全員がそれに賛同しているわけではない。


 中には男の群れとの合流を望む者もいて、彼らに情報を横流ししてくれているのだ。


「ごめん、待たせたわね」

「ようやく来たか」

「かなり警戒されてて、なかなかタイミングがなかったのよ」


 そしてその協力者の女から、彼らは最近になって彼女の集落で起こった驚くべき事実を聞かされたのだった。


「おいおい、それは本当かよ?」

「冗談なんて言わないわ。もっとも、私だって最初は夢でも見てるのかと思ったけど」

「謎の人族の少女か……俄かには信じがたいが、それならあの集落の変わりようも頷ける」

「お陰で生活が一変したわ。毎日お腹いっぱい食べることができるし、身体も綺麗にできる。もう危険を犯して略奪に行く必要だってない」

「……」


 今も空腹を感じている男たちにとっては、何よりも食べ物が簡単に手に入ることが羨ましかった。


「教えてくれて助かった」

「ふふ、どうしたしまして。……それで、ねぇ、ガガ? 次の繁殖期だけど……」


 うっとりした顔で、女はガガに身を寄せてきた。

 彼女がこうして群れの方針に逆らってでも情報を漏らしているのは、何を隠そう、彼に惚れているからだった。


「何なら繁殖期と言わず、今ここでも……」


 繁殖期以外にあまり異性を求めない獣人だが、当然ながら例外もある。

 彼女もその一人だ。


 だがそのとき急に顔を顰めたかと思うと、慌てて距離を取った。


「そ、それじゃあ、私は帰るわ。テントの中まで検められたりしたら困るから」


 急にどこか余所余所しい態度でそう告げて、女は逃げるように帰っていく。


「……?」


 その様子を訝しく思いながらも、男たちは話し合いを続けた。


「それで、どうするっすか? あの様子だと、リリが乗ってくる可能性はなさそうっすけど……」

「ああ、もう大人しく交渉するなんて真似はやめにする」

「と、いうと……?」

「くく、力づくで奴らを支配してやるんだよ。なぁに、オレに良い考えがある。その人族の少女とやらの存在はむしろ好都合だ」


 彼らは強硬手段に打って出ようとしていた。







「(ちょっと……匂いが……今までは気にならなかったんだけど……)」


 ガガたちと別れて集落へ急ぐ彼女は、冷めた心地になっていた。

 自分自身が清潔になったせいか、身を寄せたときに相手の強い体臭がかなり気になってしまったのである。

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